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2022/10/10

燃える闘魂 アントニオ猪木 追悼VTR

今日の両国大会の開始前に会場で流れた映像がYouTubeにもあがっていたので、貼っておく。

2022/10/01

元気があれば…

昭和はとっくに終わっているが、あらためて(あぁ終わったなぁ)と今日感じたのは長州力さん。

 

アントニオ猪木さん 自宅で死去 79歳 燃える闘魂 プロレス黄金期けん引

 

多くの関係者やファンがそれぞれにいろんなことを思っていることだろう。

私もたくさんの試合をテレビや生で観戦した。

そして本人の試合だけでなく、プロレス界の中でのいろんな事件やトラブルにも多く関わってきたその影響力は一言で表せるものではない。

 

ぱっと思いつく試合を5試合挙げてみる。

 

  • 猪木 VS ストロング小林
  • 猪木 VS ビル・ロビンソン
  • 猪木、坂口 VS ルーテーズ、カール・ゴッチ
  • 猪木、坂口 VS 橋本真也、蝶野正洋
  • 猪木 VS ハルク・ホーガン

 

他にも、国際軍団との1VS3とか日本プロレス時代のドリー・ファンク・ジュニア戦とか、

5試合ではなく10試合でもすぐに挙げられそうだが、

とりあえず、新日本プロレスワールドに全部ありそうなので、ゆっくり視ていくことにする。

2022/08/10

松山に行った2日目

5日(金)

ホテルの近所のセブンで朝食を買って、午前中は部屋でじっとしていた。

 

11時。高島屋へ。東急ハンズや紀伊國屋に行ったあと、8Fのレストラン階へ。

11時半過ぎに店の前のソファーに座って中高時代の恩師3人を待っていたが、

そこへ全くの偶然で、前の職場で私が25年所属していた部の最初の部長だったYさんが現れた。

適当に町の中をうろついていると知り合いにあってしまうのは坊っちゃんの昔から松山の常である。

かつて一緒にハーフマラソンを走ったり、一緒に旅行に行ったりしたこともあるYさんに近況を報告。

 

その後3人の先生たちも現れたので食事。基本的に3人とも特に変わりはなかった。

 

14時半ころホテルに戻り、前日の飲み会に来る予定だったが急に都合で来られなくなったKくんに電話で近況報告。

 

16時半。アイテムえひめへ出発。

勝手知ったる道をすいすい走って問題なく到着した。結構観客は多そうである。

 

itemABCD

 

試合内容の詳細は省略。オフィシャルの試合結果はここ

試合内容的には、メインもさることながらセミのジェフ・コブVSジョナがベストバウトだった。でかい人たちのぶつかり合いはすごい。

 

普段は5試合か6試合くらいだが、G1なので全9試合で、終了時刻が遅い。

しかも今日のメインは棚橋選手が勝ったので、試合後のマイクが長い

かつてのように自分の家に帰るのなら最後まで観たのだが、今回はホテルに戻らねばならず、駐車場がこむのが嫌だったので、マイクパフォーマンスを観ずに会場を出た。

 

 

22時半過ぎにホテルに着き、翌日は来たときとほぼ同じルートで宮崎の自宅へ戻った。三崎佐賀関のほうが臼杵八幡浜よりも短時間で到着するが、運転する距離が増えて疲れるのでなんとも言えない。

 

今回も何人かの知人に会うことができてよかったが、まだあと2回くらい行かないといけないような気がする。

 

そして次の遠出の予定は、9月末の熊本・荒尾総合文化センターでの松本伊代早見優森口博子さんのコンサート。先日宮崎県内でも同じコンサートがあって行ったのだが、森口さんがコロナにかかって不参加だったのでリベンジである。

2022/08/09

松山に行った1日目

新日本プロレスのG1クライマックスは、1991年に始まり、今年で32回めである。

当初は四国で生観戦できなかったので広島に行ったり、城巡りに絡めて浜松で観たりした。

 

で、2014年の第24回で初めて高松に観に行き、その後は

  • 2017年 松山
  • 2018年 高松
  • 2019年 高松

と観に行った。

 

だが宮崎は新日本に限らずプロレスは全くこない。そして今年のG1は九州のどこでもやらない。

しかし今年は5年ぶりに松山大会があるので観に行くことにした。

プロレス部の皆さんは忙しいらしく断られてしまったので独りである。

 

 

4日(木)

6:45 自宅発

臼杵八幡浜のフェリーが値上げしていたっぽいので、今回は佐賀関三崎の国道九四フェリーで行くことにした。

高速代を節約しようと思って下道で西都インターまで行ったが、どうやら金銭的にも時間的にもあまりメリットになっていなかったようである。日向インターに行ったほうがよかったらしい。

 

ともかく西都から高速で臼杵まで行き、インターを降りてからは30分ほどで佐賀関港へ。

 

11時発の船を予約していたのだが、到着したのは9:57。

すると係員が近づいてきて、

「10時発に乗りますか?」

おぉ、出港3分前に到着したのに乗れるのか

 

私のせいで少し出港が遅れたような気がするが、予定より1時間前の船にのることができた。

 

11時20分ころ三崎港着。

12時半ころ双海の道の駅で休憩。

 

このままだと、13時半までには松山についてしまう。

が、さすがにホテルにチェックインするには早すぎる。

…。

 

久しぶりに母校の中学にでも行ってみるか。

今年は入学してちょうど40年の節目の年である。

 

到着したが、さすがに40年も経つと見覚えがない。

どっちを見ても、見たことない建物ばかり建っている。

 

そもそもこの駐車場になっている場所には、昔は寮があったのではなかったか。

40年経っているので、知っている先生などほとんどいないと思ったが、

どういうわけか、マツダの赤い車とかアウディとか、何台か見覚えのある車が停まっている。

 

そんな中、

授業を受けたことは1回もないのになぜか面談だけは何十回もやってもらったS先生

の車を発見したので、電話してみた。

すると、やはり私が知っているような先生たちはほぼいないようだったが、

「私が案内してあげよう」と言ってくださったので、校舎の受付付近を案内してもらった。

 

建物が完全に変わってしまい、もう私にとっては母校感はない。

 

14時半ころ学校を出て、行きつけのジョイフル別府店で遅い昼食を摂り、

新空港通りから千舟町通りを通ってホテルへ。

 

 

18時前。ホテルの近所の居酒屋へ。

入り口でSくんが待っていた。まもなくKくんも現れた。

しかしもうひとり、MさんことHさんがなかなかこないと思っていたら、結果的には、だれよりも早くきて店の中で待っていただけだった。

 

18:07~21:47 飲み会

特にコースでも飲み放題でもなく、店からも帰ってくれと言われなかったので、4時間弱の長い飲み会になった。

前回はUくんとMさんがいたので私はほぼしゃべれなかったが、今回は聞いてくれる人たちなので近況や昔話など、結構しゃべれた。

YouTubeがどうしたこうした、ウェブライティングがどうしたこうした、ブログがどうしたこうしたなどの話の流れで、

「イニシャルで書かれたらわかりませんよねぇ、自分のことしか」

とSくんがいう。SくんSさん多すぎ問題。

 

その他、私の囲碁友達だったOくん(両方)の話とか、Mさんたちと行った2003年の富士山登山の話とか、あれこれ機嫌よくみんなで話して、終了。

 

22時ころホテル着。運転疲れと飲んだせいで早々に就寝。

2022/07/04

ブロマイドを買いに鹿児島へ行った

すでに1週間以上前になってしまったが、

25日(日)

14年ぶりに鹿児島へ行ってきた。

前回は2008年。鹿児島観光と松田聖子コンサートを観に行った。

1985年に戻った。-松田聖子コンサート感想-

今回の目的は、ブロマイドの購入である。

2019年6月に小田原城や八王子城へ行ったときには浅草のマルベル堂まで行って何枚か購入した。

マルベル堂に行ってきた

そして今や東京ははるか彼方だが、今回は鹿児島でフェアがあるとのことなので、片道3時間かけて出向いていった。

がっつり写真取るのはダメだけど撮りたい時は店員に声をかけてください

と書かれていたので、ちゃんと許可を取って撮影。

DSC_0150DSC_0151

思っていたよりはたくさん置いてあった。

知ってはいたが、西城秀樹さんのブロマイドは非常に種類が多い。

そして、河合奈保子さんや松田聖子さんや参議院議員選挙の候補者さんや、

80年代、70年代の人々を中心に多数。

全部買い占めたいくらいの気分だが、そういうわけにもいかないので15枚購入した。

ちなみに、ブロマイドのすぐ隣のコーナーでは、

新日本プロレスの闘魂ショップの出張もやっていたが、こっちでは何も買わず。

DSC_0152

そうこうしているうちに、待ち合わせしていた大学時代の先輩で元同僚のNさんが現れた。

彼に連れられて天文館を歩き、とある店で鶏飯定食を食べ、14時前に別れて帰路へ。

途中、道の駅山之口で休憩していたら、

私が停めた隣に、かつて乗っていたトヨタカローラランクスが偶然停まったので写真を撮ってみた。

DSC_0154

色も私が乗っていたのと同じ。

乗っていたのは今のT-CROSSの前の前の前なので、もうずいぶん昔のことである。

15pictures

今回買った15枚。

(上段)力道山・宮内洋・志穂美悦子・ピンクレディー・ザ・ドリフターズ(荒井注時代)

(中段)西城秀樹・河合奈保子3枚・本田美奈子

(下段)松田聖子4枚・中森明菜

マルベル堂のブロマイドは通信販売やコンビニでの購入などもできなくもないのだが、

それらではすべてを取り扱っているわけではないので、

こうして現物を見ながら買える機会があったのはよかった。

2022/05/18

シン・ウルトラマンを観た(ネタバレなし)

昨日、イオン宮崎に観に行った。

 

私はふだんは映画は全くみない。

「シン・ゴジラ」も一連の「エヴァンゲリオン」も観ていない。

 

前回観た映画は、どうやら「仮面ライダー1号」(2016/4/3)のようだが、

年度初めで死にそうな時期に無理やり観に行っているので、感想を書いていない。

 

 

ウルトラマンは、オリジナルが放送された1966年は生まれていなかったが、

1969年生まれなので再放送でさんざん視た。

全話通しで10回以上は視ていて、

ザラブ星人回、メフィラス星人回、最終回、

初回視聴率42.8%のピグモン&レッドキング回、

などは、さらに何十回も視ている。

 

というような私が今回の映画を観ると、

あー、これはオリジナルでいうと、あそこのあれだ

という個所がたくさんあって、面白く観ることができた。

同世代には同じような人がきっとたくさんいるだろう。

 

もちろん映像は現代的なCGその他すばらしいものだったが、

BGMやSEにはオリジナルのものが多用されていて、それもまたよかった。

 

 

見ている途中で、とある電話がかかってきたのを視て、

(これはあれか。この後、あのひとがああなるのか)

と思ったら、次のシーンでその通りになった。

これも、オリジナルを知っている者は(あー、あれだね)と思うのだが、

そうではない世代の人達は、単なるおふざけと思ったりするのだろうか。

 

しかし、特撮の迫力にせよストーリーにせよ、オリジナルを知らなくても面白いと思えるくらいには面白かったのではないかと思う。

 

オリジナルではほぼ出てこない「日本国」とか「政府」とか「自衛隊」とか(自衛隊らしき組織はオリジナルにもうっすら出てくるが)が絡むと話が多少めんどくさくはなるが、まあ、ほどほどのところで止めていたということなのだろう。

 

初代マンだけではなく、ウルトラセブンや帰ってきたウルトラマンを思わせるようなシーンもあったような気もしなくもない。

メフィラス星人の人間態の山本耕史さんの演技が非常によかったが、雰囲気としては、

ウルトラマンマックスでメトロン星人の人間態を演じた寺田農さんの演技に近いものを感じた。

 

 

今回の「シン・ウルトラマン」は、

もう1回や2回くらいなら金払って観に行ってもいい

かなと思えたが、

数ヶ月前に酷評されていた「大怪獣のあとしまつ」はどれほどひどい映画だったのだろう。

いずれ視られる時もくるとは思うので、もし視たらその時は感想を書いてみようと思う。

 

 

以下の写真のフィギュアは、シン・ウルトラマンに登場するキャラクターではなく、

オリジナルのウルトラマンとゾフィーとゼットンです。

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2022/04/27

鈴木雅之コンサート masayuki suzuki taste of martini tour 2022 〜DISCOVER JAPAN DX〜 松山市民会館

23日(土) 18:05~20:05 満員

 

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3年ぶりに鈴木雅之さんのコンサートを観た。

前回の記事は、「連休7日目 鈴木雅之コンサート2019 松山市民会館」(ライブドアブログ)

 

今回は、カバーアルバムの「DISCOVER JAPAN DX」(ウィキペディア)の曲が10曲と、

それ以外の10曲で計20曲。

 

 

今までに何度も観に行っているが、

歌唱、選曲、MCの全てにおいて、期待を裏切られたことは一度もない

 

MCのときに「おしゃれな街、松山」と繰り返すが、それが常に半笑いであり、

それに合わせて客が笑うのもいつものとおり。

 

しかし、今回は、以前に比べて客のノリが非常にいいように思った。

一般的に松山の客はわりとおとなし目なのだが、

今回は1曲目から立ち上がる人もたくさんいたし、

「め組のひと」の振り付けを一緒にやってる人たちも大勢いた。

 

鈴木さんはついいつものくせで、「夢で逢えたら」の途中で「Say!」と言ってしまったあと、

胸をおさえて(心のなかで歌ったんでいいからね)という意思を示すが、

ガチで歌ってしまう人たちもけっこういた。

 

他の会場がどんな様子かは知らないが、そんな会場の雰囲気を感じた鈴木さんもMCで

「松山、いいねぇ」と繰り返し言っていた。

 

そして、

「40年前グループで来たときは、90%が暴走族だったけど」

だそうである。

 

 

私はここ20年ほどの歌はまったくわからないので、YOASOBIの「怪物」他、数曲は初めて聞く曲もあったが、客層が基本的に昭和なので馴染みのある曲が多い。

そしてもちろん本人のヒット曲も多いので、盛り上がるところは盛り上がり、しっかり聴くところは聴き、最初から最後まで、飽きることなく観ることができた。

 

 

2時間の公演が終わり、満足しながら、会場近くの居酒屋へ。

一緒に行った知人も大満足の様子だったが、こんなことを言っていた。

「1曲だけ。全然下手とかじゃないけど、布施明のはやっぱり布施明が…」

 

そう、それ。

他のカバー曲は鈴木さんが歌ってもそんなには違和感は感じなかった。

が、「君は薔薇より美しい」については、別に変とか下手とかでは決してないのだが、

オリジナルの布施明さんの迫力には勝ててないなぁと思った。

 

 

 

今回もよいライブだった。

期待を裏切ることは決してない、そして松山を無視しない鈴木さんには、

また3年後くらいに来てもらいたいものである。

2022/04/26

1年ぶりに人と話した

23日(土)

 

宮崎はコンサートに来るアーティストがきわめて少ない。

というわけで松山に行くことにした。3年ぶりの鈴木雅之さんである。

 

ちなみに、この日今治には新日本が来ているのだが、今回はそっちはスルー。

ゴールデン・ファイト・シリーズ 愛媛・テクスポート今治 試合結果

 

 

7時半に自宅を出て、高速代節約のため、日向まで下道を走り、日向ICから臼杵ICを経て、臼杵港へ。

所要3時間20分。

 

 

九四オレンジフェリーで八幡浜に着いたが、1年ぶりに来てみたら、

八幡浜港のフェリーターミナルが新しくなっていた。

船を降りた直後どこを走っているのか一瞬わからなくなったが、まあ大丈夫。

保内から長浜経由で松山を目指す。

 

R378を北上し、海岸線から山越えになり、R56との合流点近くまで来ると、

松山自動車道の高架が見える。

(あぁ、帰ってきたなぁ)

と思った。

 

そのままR378を走り、ヤマキや郡中港を過ぎ、伊予警察署の正面の道まできたところでR56へ。

 

 

その後、松山市内の某ホテルにチェックインしたが…。

チェックインのために氏名や連絡先を書いていたら、すぐ右側から、

C:「あれ?Yさんか?」

私:「えっ、何でいるんですか?」

以前の職場の社長だった。

まあ、どっちかというと、私がここにいるほうが「何でいるんですか?」という感じではあるが。

 

 

ホテルは松山市民会館のすぐ近くである。

17時20分ころホテルを出て、18時過ぎに開演、20時過ぎに終演だったが、詳細は別記事で。

20時半から22時過ぎまで、一緒に観に行っていた知人と花園町の某居酒屋で食事。

 

 

24日(日)

 

天気が悪いが8時半ころから松山城へ。

登城したことは何度もあるが、まだ100名城スタンプは押していなかったのである。

詳細や写真はすでに別記事で書いたので省略。

 

 

いったんホテルに戻ってきた後、11時20分ころから伊予市のとある店へ。

12時から14時過ぎまで知人と会食。

平和な2時間であった。

私の精神安定のためにきわめて重要。

 

 

15時ころホテルに戻ってきて、18時半まで部屋で時間をつぶす。

 

そして、歩いて二番町の某居酒屋へ。

 

誰かを誘ってくれるようにYくんに前もって頼んでいたが、

金曜でも土曜でもなく日曜の夜なので、無理な人が多いらしい。

そんな中、Yくん以外に来てくれたのは、

友人と、若いころの自分の仕事を思い出させてくれるかわいい後輩(すでにベテランだが)である。

 

2人がわざわざ来てくれたのはとてもうれしいのではあるが、

(じゃあ、オレがしゃべる余地はないな)

と思った。

で、おおむねそのとおりだった。

 

19時から21時過ぎまで、なんやかんやなんやかんや主に2人が話すのを聞き、ときどきはこっちも話したりしながら、みな機嫌よく、飲み会終了。

自転車を押すYくんと一緒に二番町から花園町まであれこれ話しながら戻ってきて、

21時半過ぎにホテル着。

 

 

25日(月)

 

この日は宮崎へ戻るだけであるが、八幡浜発は12:45なので少し時間にゆとりがある。

八幡浜に向かう前に、市内某所の喫煙所に行ってみることにした。

 

7時過ぎにチェックアウトして、7時半に喫煙所の隣の駐車場に到着。

車を降りてしばらくそこに立っていたら、知ってる人がたくさんやってきたので

 

「おはようございまーす」

「うわっ、なんでおるん?」

「遊びに来た」

「そうなんや。元気?」

「元気」

 

という会話を10人くらいを相手に繰り返した。

 

いつまでもそこに立っていると少々問題があるので、8時ころには自分の車に戻りしばらく待機。

そして8時半過ぎになると、知人の喫煙者たちが続々とやってきたので、再び上記の会話。

 

で、最終的には、

8/5 新日本プロレス G1クライマックス32 愛媛・アイテムえひめ大会

の観戦について、Hくんと打ち合わせをしたあと、

9:45にその場を離れた。

 

以下省略。

 

宮崎の自宅到着は18:50

やっぱり遠い。

 

 

会いたかったが会えなかった人があと10人くらいいるような気がするが、

次回が近いので、今回は今回でよしとしよう。

日本100名城 その89 松山城

matsuyama

DSC02011

 

24日(日)

2年4ヶ月ぶりの100名城めぐり。

 

前回は、

獣神サンダー・ライガーさんの引退試合を含めた東京ドーム2連戦観戦

の翌日(2020/1/6)の

日本100名城 その88 白河小峰城

だった。

 

 

8時半ごろにホテルを出て、徒歩でロープウェイ乗り場まで移動。

場所が場所なので道に迷うことはまったくない。

30分くらいでロープウェイ乗り場に到着。

 

天気は非常に悪かったが、日程の都合でこのタイミングでの登城となった。

 

DSC02015

天守最上階から撮ってみたが、霧で何も見えない。

 

DSC02009DSC02014DSC02017

それぞれの建物をゆっくり眺めたかったが、天気が悪いので慌ただしく移動せざるをえなかった。

 

 

DSC02018

下のロープウェイ乗り場の建物内にはメーテルさんがいた。

正確には、松本零士さんは両親が大洲出身であって、松山に住んでいたことがあるわけではない。

 

DSC02021

ロープウェイ乗り場の出口付近には、坊っちゃんとマドンナをイメージした像もあった。

 

 

ロープウェイ街から、大街道→銀天街→花園町を経由して、11時前にホテル帰着。

途中、ニュースで知ってはいたが、明屋書店松山本店閉店を確認。

銀天街の明屋書店本店が閉店へ 1946年開店

他にも津田演奏堂がなくなっていたり、全体的に銀天街は空き店舗が多くなっている。

松山のレコード店、111年の歴史に幕「申し訳ない」

 

 

さて、100名城巡りはあと11城となった。

 

  1. 根室半島チャシ跡群
  2. 五稜郭
  3. 松前城
  4. 弘前城
  5. 根城
  6. 盛岡城
  7. 久保田城
  8. 二本松城
  9. 会津若松城
  10. 新発田城
  11. 金沢城

 

しかし、どこもとにかく遠い。松山に住んでいても遠かったのに、今や宮崎である。

生きてる間に全部行けるだろうか。

2022/03/27

微熱

昨日の10時ころ、3回目のワクチン接種(モデルナ)をした。

 

1回目と2回目は、ちょっと腕が痛いくらいで何事もなかったが、

今回は、ちょうど24時間後に寒気がするので、

熱を測ってみたら

37.2℃。

 

おぉ、これが副反応というやつか。

 

若干体がだるいなか、昔の写真を整理していたらこんなのが出てきたので、貼ってみる。

2016/02/11 南野陽子30thAnniversaryConcert 大阪・森ノ宮ピロティホール

2016-02-11125128

 

ネタ的には伊藤麻衣子(現:いとうまい子)さんも近いのだが、

今日の状況は「微熱かナ」ではなくて、

まちがいなく「微熱」である。

 

この2年、37℃以上出たことがなかったので、この程度でも少々だるいが、

まあ、明日には下がるのだろう。

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