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2004年9月の18件の記事

2004/09/30

「鈴木」と言われたらだれ?

 今日は4時頃、目がさめてしまったので、直前の2時頃に録画してあったノア中継を観た。今日のメインカードは丸藤VS鈴木みのるである。「鈴木戦にハズレなし」な感じは未だ続いていて、面白い試合だった。
 が2度寝してしまい、8時20分始業の職場に行くのに8時5分に起きてメチャあせった。が間に合った。
 で、その鈴木戦がおもしろかったという話を同僚のW君にしてみたら、W君は「鈴木って鼓太郎じゃないですよね」という。別にノアで丸藤VS鼓太郎が行われても話題になるってほどではない。が、まだ許す。
 問題はその次だ。「鈴木って聞いたから最初、KENZOかと思いました」この場合のKENZOが高田賢三をさすのではないことは言うまでもない。現WWEで元新日本→WJの鈴木健想のことである。
 やはりW君はもうプロレスには興味が無さそうだ。それならそれでいい。まだ私にはTさんやOさんがいる。しかし、「PRIDE(だけはガチだから、それ)しか観ません」みたいなことをいいながら、WWEだのドラゴンゲートだの、リング上で闘う前にうだうだやってるプロレスは観るってのが解せん。ハッスルはどうなんだろう。てか、「ハッスルって何ですか?」とかいうのかなぁ?どうせ読んでるのは分かってるんだからコメントをよこしなさい。>W君。

2004/09/29

ベーシストじゃなくて、まだベーサー(?)

 ベースの練習は少しずつ続く。サザンは当然難しくタブ譜で弾くことはできない。それに、カラオケ好きとしては、弾く前に歌ってしまうのでダメだ(笑)。本屋に行って、グループサウンズから童謡まで2304曲収録の歌本を買ってきた。その中の童謡を数曲、コードのベース音のみでひたすら練習。
 練習を終えた後は、2304曲の中からランダムに選んで歌いまくり。やっぱり楽器より歌かなぁ。なんだか高1くらいの時にやってたことと変わんないぞ。

2004/09/28

CXのものまね特番

を観たけど、パワーが落ちてると思った。俵山栄子のドラえもんは似てたけど。
 プロレスマニア的にはくりぃむしちゅー有田の天龍源一郎は死ぬほど似ててテレビの前で独りで大笑いしたが、一般視聴者には届かないのが悲しいところだ。同じことは神奈月(今日は出てなかったけど。)の武藤敬司や馳浩についても言える。頑張れ、プロレスラー。
 最後に栗田貫一と清水アキラがでてきたけど、もう若干時代遅れな感は否めない。二人ともうまいのはうまいんだが。
 とにかくものまねはもう日テレのもんだなぁ。

2004/09/27

体調不良

ここ最近の不規則な生活がたたったか、風邪気味。カコナールを飲んで寝ることにする。

2004/09/26

ベースの弦、切れた

 部屋を片付けていたらほこりをかぶったベースが出てきた。大学時代に買ったはいいが、結局弾けないままである。
 チューナーの電池がきれていたので買ってきて、教則本と楽譜(サザン)も買ってきた。チューニングしようとしたが、ど素人なので、4本の弦のどっちが1弦でどっちが4弦かわからない。あわねーなーと思いながら1弦のペグをひねってたら弦がきれた。落ち着いてみてみたら、チューナーの方が4弦用の設定にしてあった。これじゃ音があうはずないし弦も切れて当然。
 幸い、替えの弦があったし、教則本に弦の張り方も書いてあったので張り替えた。でも弾くのは難しいのでゆっくり練習することにする。ていうか、先にアンプ買わなきゃ。かつてはふつうのオーディオアンプにつないでたからベースアンプは持ってないのだ。

2004/09/25

横綱はハイキックには勝てない。

 Kー1グランプリ2004開幕戦テレビ観戦中。
 すっきりした。負けてもいいから「面白い」試合を観たいと思っていても、いつまでたっても面白い試合をみせてくれない曙であるが、今日は相手のボンヤスキーがみせてくれた。
 ハイキック一閃。Uインターでの高田VS北尾(元横綱・双羽黒)のフィニッシュがまざまざと頭によみがえった。
 他の試合の感想はまた後で。

Monkで飲む

 昨日の夜は友人と飲み会だった。こっちが友人と思っていても向こうはそう思ってなかったりしてなかなか難しいところだが、とりあえず飲み会だった。飲み会に行く前に大街道のDUKEに寄って、ABCのチケットの在庫を聞いてみると、9月20日発売開始だったはずなのに、まだ入荷していないという。入荷したら連絡してくれるというので、連絡先を伝えて飲み会の店へ向かった。ところが2分後に電話がかかってきて「今、入りました」というので、引き返して購入。チケットの裏に通し番号が振ってあったが、当然1番だった。

 1次会は6人で焼き鳥。2次会は2人へって4人になった。私が「ABCの下見に行くから付き合って」といって、Monkへ。この日は定例のジャズライブはなかったが、ステージにはドラムセットやウッドベースが置いてあり、「おぉぉ、かぶりつきだぁ」とか言いながら飲む。4人ともが言いたい放題。いろいろな面白い話が聞けた。3次会で1人へって3人。帰宅は4時。しんど。

 仕事上の付き合いで酒を飲むということをしなくてよい職場なのがありがたい。普段でも酒場でも、あまり私はしゃべるのは得意ではなく面白い話をすることができない。かといって酒そのものがすきなわけでもなく、うまいものが食いたいとかいうこともない。要は、好きな人(知人友人先輩後輩老若男女問わず)と楽しく飲むことができればそれでいい。久々に遅くまで飲んだが、楽しかったからそれでよい。
image/abc

2004/09/24

ABCを観に行こう。

 ドラゴンゲートのチケットを買うのを保留したと昨日書いたが、どうやら行かないことになりそうだ。同日(11月23日)は、松山のショットバー「Monk」でABCがライブを行う。ABCとは、元オフコースの松尾一彦、清水仁、大間ジローの3人のバンドである。
 私とショットバーというのはあまりに似合わない。数少ないこのブログの読者の皆さん(推定3名)もディスプレイの前できっとそう思っているだろう。しかし場所がどこであれ、この3人が松山に来るというのならぜひ観に行きたいのである。
 私は渡辺美里についても語れるが、オフコースについてもそれなりに語れる。「それなりに」と書いたのは、84年春以降の「4人オフコース」時代しか知らないからである。
 私のオフコースに関する最初の記憶とは、まだ千舟町にダイエーがあったころ(←ローカルな話だ)、その電化製品売り場にパイオニアの安楽椅子&大型スクリーンAVシステムが置いてあって、そこで5人オフコース最後の82/6/30武道館ライブ(今ではDVDになってるし、自分でも持っている)をしょっちゅう観てたというものである。
 その後84年春のシングル「君が、嘘を、ついた」アルバム「The Best Year of My Life」(←これが人生ではじめて買ったLP)をはじめとして、89年の解散にいたるまで最もよく聴いたアーティストのひとつだった。オフコースと平行してリリースされた小田のソロアルバムはもちろん松尾や清水のソロアルバムでさえ手に入れて聴いていた。
 彼らの解散ライブは東京ドームで行われたが、当時すでに東京にいた私はチケットが手に入らず悔しい思いをしていた。すると、大学の校内LANの掲示板に「チケット売ります」と出ていたのを発見し、いそいでその人と連絡を取ったがぎりぎりで手に入れられなかった。しかもそれでも諦めきれなかった私は当日ドームに行き、ダフ屋と交渉しようとしたが、「1万円しか持っていない」というと「ふざけんな」といわれて追い返された。
 就職後、松山市民会館だったか愛媛県民文化会館だったかは忘れたが、小田のコンサートは一度観に行った。しかしまさか小田を除く3人を松山で見られるとは思っていなかった。収容80名のショットバーという場所はやっぱり微妙だが、何とかチケットを手に入れて彼らの演奏を間近で見たいものである。

 写真は美里ライブのチラシと、大阪プロレスより「4人連結の逆エビ固めで絶対痛くないはずなのに痛がるデルフィン」と「相手チームの入場待ちでロープ上で寝るくいしんぼう仮面」と「デンセンマンをボディチェックしたら感電したレフェリー」と「新崎人生もどきのデンセンマンとミラクルマン
image/misatoimage/osakapro


2004/09/23

レーダーと美里のチケットを買いに行く

 今朝は友人のU君からの電話で起こされた。「レーダーを安売りしてるぞ」って。こないだ松山自動車道でとっつかまって(←書いていいのか?)以来、レーダーが要るなあと思っていたので、これから買いに行く。行ってくる前に、とりあえず昨日書いた大阪プロの写真をアップしとく。しかし、昨日言われた選手のいい写真はなかったので、道後小学校出身の大王QUALLTとビリーケンキッドの写真をアップする。ビリーケンキッドのフランケンシュタイナーなのか大王QUALLTのパワーボムなのかは忘れた。(たぶん前者)
IMG_0202

 買ってきた。こないだ行ったアイテム愛媛の向かいにある「コーナン」。ホームセンターに行くと、使うかどうか分からないものまで買ってしまうのがよくない。
 その後、いよてつ高島屋のプレイガイドに行った。来月のNOAHのチケットはまだたくさんあった。リングサイド自由席6000円を2枚買った。小橋信者のTさんはノアなら必ず行くのだが、後輩のW君は最近プロレスからPRIDEまたはK1へ転んだので誘っても来ない。ノアのチケットのそばにドラゴンゲートのチケットも置いてあったが、こちらは保留。
 肝心の美里のチケットは、なんとかあった。高島屋割当分はあと10枚あるかどうかくらいだった。幸い当日は午後から仕事が休みなので間違いなく行けそうである。チケット購入時に併せてもらったパンフレットを明日アップする予定。

2004/09/22

渡辺美里が西条に来る

 渡辺美里が11年ぶりの四国公演で西条にくるそうである。西条と言えば、「コオロギオブジョイトイ」で有名な(?)眞鍋かをりの出身地である。準地元民としては、彼女が愛媛育ちを隠さない(というかけっこうあちこちで言う)のはうれしいことだ。
 (何で松山じゃないんだあ)と思ったが、西条市、東予市、丹原町、小松町が合併してでっかくなる、その記念コンサートの意味合いもあるらしい。
 松山から西条は車で行けばそう遠くないのでぜひ行きたい。松山市民会館で1度、西武球場で2度、東京ドームで1度、東京ベイNKホールで1度。(東京ベイはなくなってしまうそうだ。かつては新日を観に行ったこともあるのだが。)
 こんな具合に、東京時代にはけっこう観に行っていたが、就職してからは全然。11年ぶりだからそりゃそうか。私にとってのベストアルバムは「ribbon」で、ベストソングは「10Years」である。その他「Lovin'you」とか「Flowerbed」あたりの話をし始めると長くなるから、別の機会にしよう。
 もうずいぶん昔のことになってしまったが、せっかく近くに来てくれるのだから今の美里を見に行こう。チケットが手に入るのかどうか謎だが、近々買いに行ってみることにする。

 ところで、高校の先輩のOさんから、「大プロなら『くいしんぼう仮面』と『えべっさん』と『スペル・デルフィン』の写真を載せなきゃダメだ」とダメだしされた(笑)ので、近々アップする予定。
 
 このブログには、「先輩」だの「後輩」だのという単語が頻出する。それはうそではないが、体育会系の中で育っていない私にとっては、便宜的なものに過ぎない。だからどうしたといわれても困るけど。

2004/09/21

SOUND ARENA

 という音楽番組(フジテレビ)がかつてあった。司会は徳光和夫と堺正章ともう一人。92年夏のこの番組を録画してあったのを今日見た。
 ゲストは福山雅治・谷村新司・荻野目洋子・小泉今日子など。福山や谷村に興味はない(笑)。荻野目ちゃんの「ロマンティックに愛して」はいい歌だが、その2曲前の「steal your love」の方がはるかに印象深い。この曲は銀座ジュエリーマキカメリアダイヤモンドのCMソングだった。そしてこのCMは当時、日テレの日曜22時30分〜の「全日本プロレス中継」で毎週かかっていたのである。
 
 とはいえ、今日のテーマは荻野目洋子ではない。こんなマイナーな歌番組のビデオが未だに残っているのには別の理由がある。この日のこの番組の「スペシャル」は、
ラッツ&スターの再結成
だったのだ。

 シャネルズで小学生、ラッツで中学・高校生、「だいじょうぶだぁ」の桑野&田代で大学生、就職してからは鈴木雅之ソロ。私は彼らとそういうふうに親しんできた。

 どうした、田代まさし。タレントとして復活は望むべくもないが、人間としても終わってしまうのか。

Yahoo!ニュース「田代まさしを再逮捕」

2004/09/20

大阪プロレスを観た

 何のチェックもしてなかったが、こないだ街に出たら大阪プロレスのポスターが貼ってあった。で、昨日webでチェックしたら、何と今日だという。会場の「アイテムえひめ」はごく近所なので、高校の先輩であるTさんを誘ってみたが、さすがに急すぎて無理。独りでちょっと行ってみた。
 会場は空いていた。他団体ならもっと椅子を並べているのだが、もともとの椅子の数が少ない。ゆっくり観ることができた。
 私は15年くらい大阪に住んでいたことがあり、関西芸人的笑いは好きな方なので、非常に楽しく観戦できた。人によっちゃあ、あの「ぬるさ」というか「予定調和的」というか、とにかくそれがやだというひともいるだろうが。
 大王QUALLTの入場の時、「(松山市立)道後小学校3年4組出身」と紹介されていた。本当かどうかはともかく、あのコスチュームで道後小学校出身って言われても何かマヌケ。

第1試合 ペロVSゴア
第2試合 “ビッグボス”MA−G−MA VS ユタカ
第3試合 ミラクルマン VS デンセンマン
第4試合 大王QUALLT&ブラックバファロー VS タイガースマスク&ビリーケン・キッド
第5試合 スペル・デルフィン&くいしんぼう仮面 VS Gamma&えべっさん

今日のMVP ビリーケン・キッド(試合後の観客の子供との記念撮影がいい感じ。)
今日のベストバウト 第5試合(大阪プロレス色がもっともよくあらわれていた。)

 今日はEOS kiss digital(以下キスデジ)+EF70-200F4と、EOS Kiss(以下キス)+EF28-135F3.5-F5.6ISの2台で撮影。一般的にプロレスの興行では照明が暗いので、キスデジの感度はISO800まで上げた。が、途中でバッテリーがきれてしまってメインがとれなかった。
 その分、キスが活躍。EOS-3も持っているのに何で今日はキスだったかと言うと、EOS-3には内蔵ストロボがないが、キスには内蔵ストロボがあるからである。ところが、今日は会場の照明が落とされず明るいままだったので、結局ストロボは全く使わなかった。これならEOS-3でもよかったかも。
 第2試合の写真をアップしてみた。image/IMG_0150

2004/09/19

ラストサムライを今頃観た

 映画はめったに観ない。年に1回観るか観ないか。今年は大津で「デイアフタートゥモロー」を観た。何ではるばる大津で観たのかは書かない。
 が、時代劇なら観られる。今年は昭和62年のNHK大河ドラマ「独眼龍政宗」の完全版DVD-BOXを買って、3回くらい通しで観た。要は渡辺謙が好きなだけ。「御家人斬九郎」も好きだったが、これは渡辺謙というよりは若村麻由美見たさ。
 で、同僚のS君がDVDを貸してくれたのでようやく「ラストサムライ」を観た。テレビで「梟の城」を観た時のようなどうしようもなさ(上川隆也の扱いがひどい)を感じることもなく、面白く観られたが、渡辺謙と真田広之を続けてみると、「政宗」がよみがえってきて変な感じ。彼らは実年齢では1つしか違わないのに「政宗」では親子役だった。
 ストーリーを全然知らなかったので、事前に何となく想像していたストーリーと違っててびっくり。どう違ってたかは恥ずかしいので書かないが。ちなみに「猿の惑星」の第1作を初めて観た時も、「あれ、こんな筋やったん?」って感じで勘違いしまくっていた。

ズル休み

数日前、大学時代の先輩と立ち話をした。3時間も。
昨日は、小学校時代の塾の後輩と電話した。5時間も。
今日は、中2のときの担任の先生と話をした。15分くらい。

相変わらず、対人関係に悩む日々が続く中、自分のありのままを語れる相手が3人もいるのはとてもありがたいことだ。

槇原敬之は「ズル休み」で歌う。
『人は必ず誰かに 愛されてると思いたい』
槇原は恋愛を歌っているのだが、私はもっと広い意味に捉えたい。
誰か気にかけてくれる人がいるうちは、まだ生きててもいいのかな?

2004/09/16

今日のNOAH中継

 週刊ゴングを買って帰った。すでにノアの9月10日武道館の結果が掲載されている。が、昨夜の地上波では、まだ武道館の煽りで96年の田上VS小橋を放送したりしている。このタイムラグは地方に住んでいる限りやむを得ないものではあるが。
 田上VS小橋に文句をつけるつもりはないが、同日のGHCタッグはいかがなものか?というか、調印式の時の井上雅央のあの華のなさ、あるいは喋りの下手さはどうなんだ?
 そうは言っても、私に「華のなさ」とか「喋りの下手さ」を語る資格は本当はないのだが。

2004/09/15

禁煙してみる

 来月の11日にハーフマラソンを走るので、何度目かの禁煙を始めてみる。他の時は他人に何といわれようと別に気にしないのだが、走っている時だけはタバコなど吸うんじゃなかったと思う。
 そのハーフマラソンでは同僚があと2人走るが、彼らは40代と50代なのに私よりはるかに速い。やれやれ。現時点では私は5km走るのがやっとだろう。もう少し練習せねばなるまい。

2004/09/14

哀しくてジェラシー

 こないだ十数年前(91年?←違った。94年だった。)のビデオを観ていたら、「みなさんのおかげです」半年間の充電(=ラスタとんねるずの直前)前の放送分が出てきた。そこでとんねるずの二人とクロベエとマサハルの二人が絡むコントをやっていた。懐かしく観ていたところで、今度はチェッカーズのクロベエの死去とそれにまつわる報道をWebで読んだ。残念なことだが、今のところ再結成はなさそうだ。格別ファンというわけではなかったが、チェッカーズは中森明菜や松田聖子らと並び、私の世代の人間にとっての「基本」だった。ファンじゃなくても、あれだけヒットしてれば、カラオケで5曲くらいは歌えて当然。80年代半ばの歌謡曲シーンの中の当たり前の存在だった。
 対立する残されたメンバーの間に何があるのかなんてわからないし、わかりたいとも思わない。ただひたすら残念なだけである。

2004/09/13

ブログを始めてみた

昨日、高校の後輩のK君とY君とI君に会った。私がずいぶん昔に作っていたweb(とっくに閉鎖)のことを彼等は知っていて、「再開しましょうよ」とかいってた。その時はそんな気はなかったが、同じく高校の後輩のS君のwebを見てたら何となく何か書きたくなったので、とりあえずブログを始めてみた。いまんとこ、このブログの存在は誰も知らない。でも何だって最初はそうだ。地道にやってりゃきっと報われるさ、多分。多分だけど。

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