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2004年11月の33件の記事

2004/11/30

美里つながり

 このブログにプロレスネタを書く時は(通じる奴が最低一人はいるからいいや)と思って書くのだが、歌謡曲ネタの時は、(あー、あいつが読んでくれたら全部通じるのに)と思いながら常々書いている。
 その「あいつ」から数年ぶりに電話がかかってきた。
「美里のチケット要らん?」「持ってるよ」「あ、やっぱりな、絶対行くと思った」
 うーん、この、あうんの呼吸。高1以来の友人H君だった。彼は県内の企業に勤めていて、今は西条在住だという。私が今の職につくきっかけを作ってくれたのが彼である。就職してからも、ときどきは会って、一緒にプロレスを見に行ったりもしていた(彼が覚えているかどうかは定かではないが、まだしまなみ海道がないころに、わざわざ船に乗って伯方島にW・INGを見に行ったこともある。)のだが、ここ数年連絡していなかった。しかし、友人の少ないこの私の友達だけあって、2年か3年ぶりに話したのに、話の中に出てくる単語がすぐに「斉藤由貴」だの「南野陽子」だの「谷村有美」だの「岡田有希子」だの「河合奈保子」だの。あっというまに高校時代に戻ってしまった。やはり持つべきものは友である。

旅行のWEBを作った

 一夜明け、職場に行き、今回の旅行の写真をwebに仕立てた。帰ってきてから、同僚の皆さんに同報でweb公開の連絡のメールをだしたが、最近、同報でメールを出してなかったので、やり方を忘れてて、本当はBCCで出さなきゃいけなかったのに、CCで出してしまった。一部の人には迷惑かけたかもしれない。
 また、アドレスが古くて未着になってしまった人も多かった。ここの読者の皆さんで、アドレス教えてもいいよという人は教えて下さい。なお、今回の旅行のwebは、私がこのブログとは別にもう一つやってるブログのトップページから観ることができます。

 職場にW君がいたので、新日大阪ドームの話をした。ところがいつのまにか昨日の夜の「内村プロデュース」で、神取忍に痛めつけられるくりぃむしちゅー有田の話や、こないだここに書いた神奈月の話になってしまった。「南原清隆や有田や神奈月や(関根勤や)藤原紀香(フジテレビのK-1)などは本気でプロレス&格闘技好きだからいいが、番組のために無理やり借り出されている感が強い、優香(日テレのK-1)や乙葉(ワールドプロレスリング)はダメだね」ということで意見の一致をみる。ちなみにPRIDEに出ている小池栄子は恋人が格闘家なのでなんとも言いがたい。

 帰り。明屋でCD買いまくり。本当は明日発売だが1日前に入荷された鬼束ちひろのベストとDVD、および矢井田瞳のセレクションと、夏に出たシングルコレクション。鈴木康博や中森明菜はさすがに置いてなかった。さらに、一青窈のライブCDと槙原のライブCDとA-nationのライブDVDも、買ってほしそうに置かれてあった。しかし懐具合を見てこれらは保留。

 火曜は月曜と違い、見たいテレビもとくにないので、まずは鬼束のDVDから観ていこう。そして明日は久々に朝から美里に浸かってみる。

2004/11/29

今日は短い

このブログの読者の半分くらいを連れて(連れられて?)、旅行に行ってきた。疲れた。が、心地よい疲れである。明日は休養して、明後日は美里ライブである。

2004/11/28

城崎旅行初日。

携帯って便利ですね、というわけで、ホテルの大浴場入り口の休憩所からお送りします。
宴会はおもしろかったよー。ジーニアスMさんの「越冬つばめ」なんていう、松山では絶対聴けないものも聴けたし。OさんはOさんで予定通りいつものように酔っぱらうし。最後は時間切れで、ほんとはもっと歌いたい人がいたのにやむをえず終了。
問題は私の寝る部屋が2次会の部屋になってしまってて眠れないことである。(泣)

2004/11/27

「カンニング」について語る社長

 今日は会社のホールで集会があり、1400名ほどの聴衆の前で社長が挨拶をした。その途中、社長がいわゆる「カンニング」について語り始めた。すると、聴衆の一部が笑う。そして、なぜ笑いが起きるのかわからないまま話を続ける社長。
 
 だって社長が「カンニング」て言うときの発音が、竹山と中島のコンビ、「カンニング」を呼ぶときの発音と一緒なんだもーん。
 
 つまり、最初の「カ」を強く発音するのだね。しかもそれを連発。

 ほんとは、いわゆる日本語の「カンニング」は英語では「cheating」といい、「cunning」は「ずるい」とか「ずるさ」だという意味だということは知ってたが、「cunning」の発音があやふやだったので調べてみた。

Goo辞書の「cunning」

 アクセントは第1音節にあるから、社長は間違ってはいないのだ。ただ、英語の発音どおりにカタカナにすると「カニング」だけど、それじゃ一般には通じないからしょうがない。英語って難しいなぁ。社長も、妙に正しくアクセントをつけずに、平板に読めば笑いは起こらなかっただろう。でも、何で笑いが起こったか、社長に説明しても、きっとわからないだろうなぁ。ま、いいや(笑)

2004/11/26

祝 WEB完成

 今日の午後の会議で、例のWEBサイト完成の報告があった。が、副社長は、URLも何も言わなかったので、アクセスの仕方がみんなわからないままだった。それと、このWEB作成に関わった4人+αの役割分担の説明をしてくれたのはいいのだが、私のことを「制作責任者」と彼は言う。さらに、Nさんを「写真撮影責任者」、Kさんを「編集責任者」、Aさんを「監修責任者」と説明。NさんとAさんはそれで正しい。Kさんも、いわゆる「割り付け(=レイアウト)」を中心に、原稿も書いてたから「編集責任者」でもいいや。しかし、私はhtmlを書いただけ(「htmlって何?」という人は、今見てるこの画面で右クリックして「ソースの表示」をしてみよう。それがhtmlである。)なので、「制作責任者」というのはおこがましい。(むしろ、あんたが制作責任者だろ?)と内心ツッコんでしまった。ま、細かい話ではあるが。
 午後3時に公開。6時間たった今、180アクセスである。私の同僚の皆さんは、元々のうちの会社のwebのトップページからアクセスしてみて下さい。

 というわけで、今日はその公開の準備や、旅行の準備などに明け暮れているうちに、一日が終わってしまい、昨日あんなにがんばった書類処理が1枚もできなかった。いや、やろうと思えばできたのだが、なぜか「中学1年の英語の問題を解く」という、わけのわからない作業に60分も費やしてしまったのが良くなかった。

 今日の会議に思う。その1、議題出すタイミングに失敗し、議論紛糾。その2、批判するのは簡単だが、代案なき批判は何も生み出さない。その3、自分の専門外のことに無関心なだけならまだしも、その意義を考えずに批判する者多数。その4、みんな自分が一番偉いと思っている。
 
 小さな小さな世界の中でオレがオレがとみんなが自分を主張するけど、あと100年すればみんな同じ灰なのにね。
 
 などと思いつつ、独りで完成を祝って、焼肉。(これと同じような発想が、中島みゆきの詞にあったような気がするなぁ。でも「地上の星」じゃないよなぁ)などとぼんやり考えていたら、店内のBGMで「銀の龍の背に乗って」が流れはじめた。これも違うのだが、ここで私は別のことを思い出した。ちょうど1年前に、島根玉造温泉の旅館のカラオケでこれを歌っていた人がいたが、あれからもう1年か。うーん、Time fly like an arrow. あ、yをiに変えてesにするの忘れてた。こりゃ、中1の英語の問題もダメだな。あした数学でリベンジしよう。

 で、結局どの曲だかはわからないままなのである。たぶん、真っ暗なみゆきの極み、アルバム「生きていてもいいですか」の中のどれかだとは思うのだが。「エレーン」かな? いや、ちがうなぁ。

2004/11/25

秋休みまであと3日

 会社の秋休みに向けてラストスパートである。書類450枚の処理をしなければならなかったが、うち250枚はOCRと同僚Yさんに任せてしまった。残り200枚のうち、100枚を今日処理した。明日100枚処理して、その後会議に出たら終わりである。
 
 今日は、書類処理と同時進行で、秋休み中の旅行の準備で社内をうろうろしていた。しかし、これも半分くらいは同僚Tさんがやってくれたので楽だった。ちなみにもう一人の旅行の幹事Mさんは書類処理の方が忙しかったらしい。
 そのTさんから書類がまわってきた。旅行関係の書類かと思ったら違っていた。

ドット開運できそう? 本田美奈子.に改名

 昨日、このブログで「本田美奈子」と書いてこないだは「モーニング娘。」だの「藤岡弘、」だの書いたのだが、タイミングよくこんなニュース。でも「.」は見落としそう。

 帰宅して5時半頃から昼寝(夕寝?)。メールの着信音で起こされた。こないだ書いた「ペ・ヨンジュンの」叔母からだった。ダンスの発表会は無事終わったらしく、「次はハングルだ」と書いてある。この前向きな姿勢は見習わねばなるまい。

 きょうの「食わず嫌い」。コロッケVS戸田恵子の「モノマネ」VS「声優」対決だったので、ネタ見せを期待したが、2人とも勝負に必死で、ネタのキレはイマイチ。それでも「岩崎宏美」や「田村正和」、あるいは「アンパンマン」や「きかんしゃトーマス」は見られた。コロッケは好きだが、名曲「シンデレラハネムーン」のイメージをぶちこわした結果、岩崎宏美自身が長きにわたり封印せざるをえないようにさせてしまった罪だけは大きい。

2004/11/24

ある意味「伊勢物語」または単なる「キリギリス」

 今日、気がついたら財布の中に樋口さんがいた。どうやら昨日、ABCのCDを買ったお釣りの中にいたらしい。

♪探すのをやめた時ぃ、みつかることもよくある話で(「夢の中へ」)
昨日、大間・清水・松尾の3人をナマで観て、帰ってきてテレビで小田を観た。オフコースのメンバーの残り一人、鈴木康博の最近の活動はどうなんだろうと思って調べてみた。
 鈴木康博オフィシャル
 うわ、鈴木康博デビュー35周年記念プレミアムBOX 「yass box」12月1日発売。20000円。高くて買えない。
 小田和正は、御存じのとおり、「僕」と「きみ(または、あなた)」のオフコースである。一方、鈴木康博は、いわゆる「俺」と「おまえ」のオフコースである。というわけで、鈴木康博オフコースセルフカバーアルバム「FORWARD」12月8日発売。3000円。こっちを買おう。
 
 小田と違って、鈴木にはソロになってからのヒットがないのでみんな知らないと思うので、一応書いておくと、パナホームのコマーシャルソングで「♪家を作るなら〜家を作るなら〜」ってやつの作詞作曲。あるいは、83年の、
♪すてぇきに、あーあ、なんというおんな、すてぇきにすてぇきにあいのしんわはきみからはじまるぅ(「素敵にシンデレラコンプレックス」←郷ひろみへ提供)
の作詞作曲である。

 みゆきのセルフカバーアルバム「いまのきもち」を買ってきた。「わかれうた」「この空を飛べたら」「歌姫」「横恋慕」など、選曲がかなり古めであるのが、私にとっては非常に良い。とりわけ「傾斜」が入ってるのがポイント高い。しかもこのアルバム、11月17日発売だったし。

♪年をとるのは素敵なことです そうじゃないですかぁ(「傾斜」)
以下、10月13日の金八先生はいない(うそとほんと)を参照。

 最近ベスト盤以外はまったく買わなくなっている。しかし、12月はベスト盤の雨あられで、金がいくらあっても足りない。
 とりあえず鬼束ちひろ。12月1日。ベストとビデオクリップDVD、しめて6859円。

♪How do I live on such a field こんなもののために生まれたんじゃない(「月光」)
一青窈のライブCDもこの日。中森明菜のCDBOXもこの日。矢井田瞳のセレクションもこの日。そしてさっきの8日の鈴木康博。8日はイエモンもあるが、私は聴かないので関係無し。15日は本田美奈子ボックスだが、「1986年のマリリン」と「OneWayGeneration」と「Help」さえ聴ければそれでいいので、ボックスは買わず。22日。TMNetworkの3枚組ベストと、ビデオクリップDVD、しめて7980円。お買得。
♪びーとぅぎゃざ、びーとぅぎゃざ、こんやは(「Be Together」)
って、収録されてないやん(笑)

 そして24日、氷室のライブCDで2004年終了…
 
 ってあと1ヶ月のうちに、私はいったいいくら使うつもりなんだろう?鬼束とか一青窈とかヤイコなど、「最近の若いモン」にまで手だしてると破産するなぁ、こりゃ。

2004/11/23

オフコース漬け

 ABCを観に行ってきた。会場のMonkは学校の教室くらいの広さ。客は60人くらい?
彼らは、CDを出してはいるのだが、ネット売りと会場売りしかしていない。というわけで手に入れておらず、まったく予習無しで聴くことになった。しかし、ABCはAcoustic Beatles Clubの略なので、ビートルズの曲が多数出てきた。MCは3人とも決して上手いとは言えず、ぎくしゃくしてたけど、それもまた味。
 清水仁がいう。「昔に比べて金はないけど、心は豊か。こんなに毎日楽しくてエエんかなぁ」。本当に3人とも楽しそうであり、それを観ていた私も心が穏やかになっていった。そして、彼らが「オフコース」や「小田さん」や「さよなら」や「愛をとめないで」などという言葉をこだわりなく口にするのを聞くのもまた、幸せであった。
 彼らは確かにオフコースのメンバーであったが、当時、清水や松尾がボーカルをとっている曲はごくわずかしかなかった。だから今日の演奏ではオフコースの曲はほとんど出てこなかったが、それは別に問題ではない。
 2時間ほどのライブが終わり、店内でCDの販売。メンバー3人にサインと握手をしてもらった。私は通常、サインを欲しいとは思わない性質なのだが、今日は15年分の思いを込めて、握手してもらった。清水には「東京ドームにいけなかった分の思いが今日晴れました」と伝えた。

 置き去りにしてた何かを取り戻せたような、とてもいい気持ちになって、帰ってきた。
そして昨日の夜の「月曜組曲」を観た。今日のゲストは財津和夫。さすがに松任谷 由実は出てこなかったが、85年の「今だから」のスローバージョンを小田と財津でデュエット。あの辺のヒット曲はほんとに全部歌えるなぁ。あー、カラオケ行きたい。

ABCの公式サイト
ABCを観に行こう(うそとほんと)

2004/11/22

飲み会に行ってきたが。

 今日は飲み会だった。が。21時30分現在、既に家に帰ってきている。料理は美味しかったが、2次会へ行こうという気分にはなれなかった。
 もともと普段からつまらなさそうな顔ではあるが、飲み会の席では特にそれが顕著になる。こちらが大して興味が湧かない話題であってもその人が熱弁をふるっている場合、それに合わせるのが大人の飲み会なのだろうが、いつまでたっても合わせるということができない。むろん気の合う人たちも何人かはいて、今日は高校時代の恩師や大学時代の先輩と当時の思い出話で盛り上がった。
 今日はできるだけ血が沸騰しないように気をつけていたのだが、やっぱり不愉快なのは、普段それほど親しくもない人が、私の性格について断定的にモノを言うことである。
 最近では(あぁ、この人には、オレはそういうふうにみられているんだなぁ)と謙虚に受け止める気持ちも多少は持てるようになってきたが、でもやっぱり、正直いうと、(お前がオレの何知ってんねん。)て感じである。ここの読者の皆さんにいろんなこと言われる方が、仮に同じこと言われるにしても、まだ納得できるというものだ。
 23年前からの「慢性コミュニケーション不全」は未だ治ってはいないようである。やっぱり気乗りしない飲み会は行くべきではない。あ、そういえば今日の昼食時にはOさんとW君と3人で、大晦日の格闘イベント関係のマニアックな話をしてしまった。その場にはNさんとKさんがいたが、彼ら2人には、私たちの会話はまるで外国語のように聴こえたことだろう。うーん。

 
 明日も昨日同様、WEB作成のために仕事に行く。これは楽しい。できあがった「結果」だけ見るとたいしたことないかもしれないが、一つのモノを完成させる「過程」というのは喜びである。メンバーは4人だが、(オレがいないと絶対に完成しない)という思いと、(オレ一人では絶対に完成しない。他の3人のうちの1人が欠けてもうまくいかない。)という思いを同時に感じることができる仕事である。4人の力が合わさって一つのモノが形になるというのは無上の喜びだ。

 録画しておいた「忠臣蔵」を観ている。やっぱりおもしろいわ。いずれDVDで出ないかなあ。

2004/11/21

♪どぉらえもん、どぉらえもん

 こないだドラえもんネタを書いたばかりだが、もう一回書く。とうとうドラえもんも変わってしまうのか。ちなみにドラえもんだけでなく、主要メンバーの声はオールチェンジらしい。ルパン三世の山田康雄の時は、栗田貫一という絶妙の後任がいたが、さてドラえもんはいかに。
 年とってなかなか最近の子供の話についていきにくくなっているのだが、ドラえもんは、程度の差こそあれだれでも知ってるものの一つとして仕事でも利用してきた。さっそく明日のペイント講座でも使う予定である。テレビ放映が終わるわけではないが、あの声に馴染んでしまった者としては、若干寂しい気もする。あの声でのテレビ放送が始まった時、私は10歳であった。

ドラえもんの声が交代へ 来春、大山のぶ代さん降板

2004/11/20

おとといの「うたばん」

 というわけで、18日の「うたばん」は友近31才がゲストだった。「Tokyoじゃなくて松山だろうがっ」とツッコまれつつ、「色つきの女でいてくれよ」(ザ・タイガース、82年)「メモリーグラス」(堀江淳、81年)などを歌う。しかし年齢の割りに歌が古いよ。
 デビュー曲「Tokyo」は井上陽水のカバーだということで、井上陽水こと神奈月がゲストで登場。石原良純や萩原流行や新庄剛志などのモノマネのレパートリーを披露する。そして、「ひざをケガしている武藤敬司」のマネで結構引っぱる。それなりに似てるんだけどねー。石橋のリクエストでシャイニングウィザードまで出してたけど。普通の人は、わからないからなー。ほんとは武藤敬司より馳浩の方が似てるのだが、さらに普通の人は知らないからなー。最後にひとネタ長州力をやって、神奈月は去っていった。とりあえずどっかで、くりぃむしちゅー有田と一緒に、猪木VS長州のマネでもやってほしい。

友近由紀子13歳

tomochika1.jpgtomochika2.jpg

1987年4月 全日本ジュニア歌謡選抜(完成直後の松山市総合コミュニティセンターで公開録画)
審査員 イルカ・森田公一・河合奈保子

まさか17年後にレコードデビューするとは。友近は中森明菜のマネの方が有名だが実は渡辺美里もうまい。この当時から得意技にしていたのである。もちろん私は彼女を見に行ったのではなく、河合奈保子を見に行ったのだが。

naoko1.jpg

友近が念願のCDデビュー 11・17発売「Tokyo」で
 
(スポニチアネックス)

2004/11/19

「傘はある」けど…。

 今日は朝から忙しく、Wordで作成されたWEBの原稿を元にホームページビルダーでページ作成。WordをそのままWEB形式で保存すると余分な情報まで保存してしまい、読み込む時に時間がかかるので、結局作りなおさなければならない。でも何もない状態から作るよりははるかに楽。
 9時25分からその会議。議長は「もう完成したも同然だな」と言うが、「完成したも同然」と「完成した」との間にある大きな違いを彼は知らない。ともかく今月中に完成させねばならない。
 10時20分から来週月曜のペイント講座の予習。お絵描きなので気分は楽だが、ディスプレイの見つめ過ぎで目は痛い。
 午後。14時10分まで、WEB作成の続き。14時20分からは社内のホールで行われた式典のカメラマン。それが終了したのが15時20分。
 そして16時。さぁ、急きょマッチメークされた、昨日に引き続いての時間無制限バトルロイヤルだ。ゴングがなった。欠場は3名。昨日よりはまだ噛み合ったが、それでもやはり好勝負とは言えない。長州力VS橋本真也で、途中で藤波がリングに入ってきて無理やり止めた試合があったが、今日のレフェリーもそんな感じ。まだ議論をつくしてないが、落としどころが見つからなくなって、無理やりその議題をストップした。基本的にうちのレフェリーは阿部四郎なので、だれかが反則してても見ていない。いや、阿部四郎の場合は、ヒールの反則だけをみないふりして、ベビーフェイスの反則は厳しくチェックするのだが、うちのレフェリーはだれの反則も見ていない。それどころか自分自身が反則をおかすこともある(笑)。
 というわけで、サブレフェリーに期待していたのだが、今日は、サブレフェリー、レフェリングせずに戦いはじめてしまった(笑)。こうなるとリング上は無法地帯だ。だれが勝ったのやら負けたのやらわからないまま17時40分に試合終了。

 ヘロヘロになったので、同僚HさんやO君やW君やNさんと雑談してクールダウンしていたら、7時を越えたので帰宅。

 いつものようにローソンに寄って晩ご飯買って帰ろうと思った時に、はたと気づく。

 あ、金がない。おろせない。飯が食えない。

 ローソン依存症の私は「ローソンパス」を持っているので、カード払いもできるはずだが、大して腹も減ってないし、めんどくさいのでそのまま帰ってきてしまった。1食や2食抜いたくらいで死にゃーしない。しょうがないから歌でも歌おう。

♪都会では自殺する若者が増えている
 今朝来た新聞の片隅に書いていた
 だけども問題は今日の飯 金がない〜

2004/11/18

ねじれの位置と平行線、アリVS猪木またはハッスルハッスル

 タイトル長いよ(笑)

 いやー、木曜日はたまらんわ。例の会議が、もうかみ合わないったらありゃしない。「話が平行線をたどる」という表現があるが、そんなものではない。「話がねじれの位置をたどる」って感じ。「付かず離れず同じ方向」ってのが「平行線」だが、「話せば話すほど話題そのものがかけ離れていく」ってのが「ねじれの位置」。よくわからない?じゃあ、数学の先生に聞いてみよう。あ?その必要はない?そうですか。
 みんな、言葉遣いは丁寧だけどトゲだらけだしなー。だれかが一言しゃべると別のだれかがそれに突っかかっていくが、かといって何かが創造されるわけではないあの感じは、もはや異種格闘技戦。世紀の凡戦「アリVS猪木」である。あるいは小川直也の「ハッスル」にも似た茶番かもしれない。ちょい前までは私も「レスラー」だったのでイライラしていたが、最近は「観客」になっているので以前ほどは気にならない。ある意味逆におもしろくなってきた。が、「リング」に紙コップ投げてやろうかと思うことは時々ある。


 こないだ書いた「二隻の舟」がドラマの主題歌になるそうだ。ドラマはみないけどやっぱり名曲。

二隻の舟音楽喫茶古星堂より)
みゆきの夜会“テーマ曲”が草なぎドラマの主題歌に(サンケイスポーツ)
「二隻の舟」と「糸」(うそとほんと)

訂正と追加

昨日の、先輩Nさんは4月19日生まれで、同僚S君が4月18日生まれで、隣の席のTさんは6月12日で、マラソン走ったSさんは6月11日でした。お詫びして訂正・追加します。林家ペーへの道は遠い。

2004/11/17

林家ペー・パーとシャア・アズナブルと血液検査

 ここの読者には4月3日生まれの人と4月4日生まれの人と4月19日生まれの人がいる。たびたび出てくる先輩Nさんは4月18日生まれであり、昨日出てきたW先生は6月5日生まれである。読者Kさんは5月22日である。職場で隣の席のTさんと、こないだマラソンを走ったSさんは一日違いで、えーっと、あ、忘れてしまった。ごめんなさい。Sさんとは去年そのころに一緒に飲みに行って盛り上がったのだが。で、マラソンを走る予定だったのに走らなかったYさんは6月2日である。同僚Sさんは12月13日で、友人O君は12月15日である。友人U君は1月11日で、友人W君と同僚Cさんは2月13日である……。

 というわけで、私は「プチ林家ぺー」である。林家ぺーは5000人くらいの芸能人の誕生日を覚えているらしい。
 でも、最近は何かっていうと写真を撮りたがっているから林家ぺーというよりは林家パー子かもしれない。とりあえず明日はピンクの服を着ていこう。
 
 もうこの年になると、だれも祝ってはくれないのであるが、今日は高校の18年後輩のT君に「誕生日おめでとうございます」と言われた。彼によれば11月17日はシャアアズナブルの誕生日であり、それで覚えてくれていたらしい。ここにもいたか、ガンダムマニア。
 33でも34でも35でも大差ない毎日なのが不満っちゃあ不満だが、20代の時の狂ったような忙しさ(29の時には「軽症うつ」だったし)に比べればはるかに幸せなのかもしれない。あ、来年の4月は血液検査受けなきゃ。

2004/11/16

ドラえもんだらけ

 世の中まだまだ「冬ソナ」ブームなのだなぁ、と今日はつくづく思った。ただそれだけ。

 重要書類作成月間はまだ続く。営業が減った分、毎日のようになんらかの書類を作らねばならない。が、モノを書くのは、あまり苦にはならない。

 小学校6年の時、卒業文集用に作文を書きなさいといわれた。ところが調子に乗った私は、ちょうどその年に起こった日航機墜落(85年の御巣鷹山ではなく、「心身症」の機長の「逆噴射」で有名な羽田の方である)や、ホテルニュージャパンの火災などの時事ネタについてえんえんと自分の意見を書き続け、気がついたら原稿用紙20枚くらいになっていた。もはや卒業文集ではない。担任の先生はきっと困ったに違いないが、どうなったかは忘れた。

 中学1年の時、国語の時間に、作文を書きなさいと言われた。テーマがなんであったかは忘れたが、小学校に入りたての頃に近所の池でアメンボやゲンゴロウを捕まえたり、原っぱでショウリョウバッタとカマキリを戦わせて遊んだりしていたという思い出を書いた。すると先生が「上手に書けているから皆の前で読みなさい」と言ってくれた。怒られることはあってもなかなか誉めてもらうことのない学校であっただけに、誇らしい気持ちで朗読したものである。当時はまだ、先生に気に入られるような作文を狙って書くようなヒネた根性はなかったはずだ。きっと、その先生が田園地帯に住んでいたので、何かしら琴線に触れたのであろう。
 その後、山岡荘八の「徳川家康」全26巻の感想を600字で書くという無謀なことをしたときも誉めてもらってうれしかった。しかしこの作文は、読書感想文というよりは、1983年NHK大河の「徳川家康」(主演:滝田栄)の近藤正臣(家康の父、松平広忠)と大竹しのぶ(家康の母、お大)をイメージして書いたものだった。
 しかし、直接ではなかったが、けなされたこともある。あの時は読書感想文だった。同級生のだれかが「マンガで書いてもいいですか?」と聞くと、彼は「真面目に書くのならいいよ」と答えた。そこで私もマンガで真面目に感想文を書くことにした。題材にしたのは、「ドラえもん」の5巻に収録されている「ドラえもんだらけ」。

例によって例のごとく宿題が出来てなくて困ったのび太は、その宿題を、そばにいたドラえもんにおしつける。一人で宿題を始めたドラえもんは名案を思いつく。タイムマシンで2時間後のドラえもんを連れてきて一緒に手伝わせるのだ。さらに4時間後のドラえもんも連れてくる。以下、6時間後のドラえもん、8時間後のドラえもんも連れてきて、総勢5人で宿題に取りかかるのだが、やがて恐ろしい事態に…。
 今、webで調べてみたらやっぱり名作として記憶している人が他にもたくさんいた。もう少し詳しいあらすじはこちら

 時間とは何か、主体とは何かみたいな問題を考えさせられてしまう興味深い作品だと今でも思う。同テーマとしては「バックトゥザフューチャー」とか「ターミネーター」とか他にもいろいろあるだろうから特に目新しくはないのかもしれないが、子供向けのマンガにしては難解である。いや、「難しく考えようとすれば難しく考えることもできる」と言う方が正しいか。
 
 当時の私がどこまで考えられていたかは定かではないが、その作文で、「時間というものの持つ不思議さ」や、「タイムマシンは可能か」みたいなことを書いたような気がする。ただし、その論の展開が稚拙だったのだろうとも思う。
 
 で、先生は私を名指ししたわけではないのだが、その作文の回収と返却が終わった後、同級生が、「先生、マンガの感想文はどうだったんですか?」と尋ねると、「しょうもないのばっかりだった」と彼は答えた。国語の教員の彼としては、ストーリー性のあるマンガの感想文が出てくることを期待していたのだろう。流れるようなストーリーの中での登場人物の心理の動きみたいなのだったらよかったのかもしれないが、それは当時の私の嗜好からは最も縁遠いものだった。

 というわけで、「W先生、熱く語る」とか「先輩Nさんの思い出」とかそういうテーマだといくらでも書ける。今現在のことは生々しいし、12歳以前の話は暗すぎる。
 
 今日の話は、よぉく読むとあちこちに「時制の不一致」がみられる。ツッコめる人はぜひツッコんでください。(笑)

2004/11/15

ペ・ヨンジュンの写真集を買わされる

 私の母の妹、つまり叔母は、世の御多分にもれず、「ヨン様ヨン様」とうるさい。今日はメールで連絡があった。「インターネットでヨン様の写真集を買ってくれ」だって。彼女は強烈なパソコン音痴なので話がまったく通じないが、要するに一般の書店販売ではなく、特定のwebサイトからしか注文を受け付けないらしい。仕方がないのでそのサイトの会員登録をして、購入手続きをした。
 この叔母は現在、中高時代に母代わりとして私の世話をしてくれた祖母の面倒を見ている。祖母は私が高校を卒業してまもなくボケが始まり、その後、脳梗塞もやったので、今ではもう、体は普通に動くが会話による意思の疎通はできない。私が会いに行ってももうまったく私のことなどわからない。私の母が会いに来てもわからない。そんな中、この叔母のことだけはわかるようだ。
 そういうわけで祖母の面倒を見てくれているので、こんなことでよければ、いくらでも引き受けるのではあるが、いい年して写真集かよっ、しかも14700円の写真集ってどんなんや?
 
 電話してて初めて聞いたが、彼女は社交ダンスを習っているそうだ。その発表会が今度あって、それを私の同僚のKさんが観に行ってくれるらしい。Kさんと叔母の接点がいまいち謎であるが、叔母と知り合いであるせいか、Kさんの私への接し方も叔母さん的である。不束な叔母ですがよろしくお願いします>Kさん。

 「ロッキーチャック」の提供がどこだったかが話題になった。同僚Nさん(1967年生まれ)は「カルピス」だといい、同僚Wさん(1973年生まれ)は「ハウス食品」だという。私はWさん同様、「ハウス食品」だと思った。
 が、調べると、当初は確かに「カルピス名作劇場」で、途中から「ハウス世界名作劇場」に変わったのだった。参考はこちら。両者正解ではあったのだが、とりわけNさんの記憶力おそるべし、てか、Nさんは「提供」とか「スポンサー」とかいう単語にとても敏感な人なのである。

 ところで井上陽水トリビュートを買ってきた。大体、以前に予想した通り。やっぱり、「とまどうペリカン」は松任谷 由実より俺の方がうまい。

10月6日「井上陽水トリビュートは是か否か」

2004/11/14

休日出勤

 最近の休みの日は割とだらけた生活をしていたが、今日は早い時間に休日出勤した。
 まず、こないだから問題になっていた書類の最終校正。やっと終わった。火曜日に使用するので、本来は休日を除く3日前の金曜日には出来ていなければならなかったのだが。明日、各方面に詫びよう。ていうか、ここでも謝っておこう。ごめんなさい
 
 つぎ。金曜会議のネタのweb作成。この会議のメンバーは私を入れて4名だが、今日はそのうち3名が出勤していたので、おかげで仕事がはかどった。

 そのつぎ。今月末の慰安旅行のパンフレットづくり。まだ詰めが甘い部分もあるのだが、今度の金曜日には打ち合わせの会議ができないようなので、火曜日の午後2時20分から行うことにした。この旅行の幹事は私を入れて3名。メンバーには明日連絡しよう。ていうか、ここでも連絡しておこう。火曜日の2時20分から会議である

 退勤後、久しぶりにココイチで、「デイリー」で新日大阪ドームの記事を読みつつ、チキン煮込み納豆カレー&ツナサラダを食べた。「一連の台風のせいで野菜の安定供給ができない」とのことで、ツナサラダからはレタスがなくなっていた。台風恐るべし。

2004/11/13

ニューッスだよっ!

 昼寝してたら夢を見た。
「ニューッスだよっ!ニューッスだよっ!」
 かん高い声が耳もとでキンキン聴こえる。
「うるさいっ」
…目が覚めた。

 1973年(私は4歳だった)放送の「山ねずみロッキーチャック」にでてくる「カケスのサミー」が急に今日、夢に出てきた。
 ロッキーチャックを知らない人はここを見てみよう。もう一つ、「昭和30年代生まれのためのテレビまんが大全集」の中にもロッキーチャックのページがあるが、このページ内のカケスのサミーに関する記述は間違いである。

ロッキーチャックと言えば、「ハイジ」や「フランダースの犬」や「ラスカル」などで知られるフジテレビ日曜夜7時半の「世界名作劇場」と同じ枠で、「ハイジ」の一年前に放送されていた、ロッキー山脈の山裾の森に暮らす動物たちの生活を描いた物語として有名であるが、…
って、ちょっと「トリビアの泉」のナレーションぽいかも。あの声聞くと、どうしても仮面ライダーのナレーションとかぶる。同一人物だから当たり前だが。仮面ライダーでわからなきゃ、「仮面ノリダー」でも同じ。あ、やっぱりわからない?じゃあ、いいです。
 
 で、ロッキーチャックと言えば何と言ってもあの主題歌である。
こちらのページで聴く事ができる。(テンポが若干、原曲より遅いけど。)
 この曲をかつて大学の先輩のNさん(男性)がカラオケで歌いあげたのを聴いたことがある。「奇跡の高音」の持ち主である彼は、何歌っても上手い人ではあるが、その他にもキャンディーズとかうしろゆびさされ組とか、普通だと絶対カラオケスナックでは聴けないような曲をかつては聴かせてくれたものだ。

 ロッキーチャックはCATVのアニメチャンネルでは再放送している(していた?)ようだが、あいにく私はCATVには今は加入していない。加入したら最後、格闘技とアニメとお笑い(よしもと新喜劇やドリフ大爆笑など)の見過ぎで生活が崩壊してしまうのは目に見えている。
 
 今日の話題など、70年代や80年代に生まれた人にはまったく通じるまい。昭和30年代以前の人にも通じないかもしれない。って結局、だれにもわからん話を書いてしまったのか、はぁ。

今日の参考:
世界名作劇場
ふくちゃんの音楽室

2004/11/11

Sの悲劇

 昨日の遺言の話で、アンチ長州力のW君に、「長州のDVDはいらないよね。」と言うと、「それはそうですけど、それよりコンピュータくださいよ。パワーブックDUO230持ってるでしょ?」って、あつかましいよ(笑)。

 今日は朝から営業に行き、一旦戻ってきて、例のうっとうしい会議に出て、もう一回営業に行った。普段はラフな格好でもあまり問題はないのだが、今日は取引先の都合上、スーツを着て行った。
 営業が終わると、さあ、書類を作らなければならない。今月は重要書類作成月間である。他のほとんどの社員は月末締めなのに、わたしを含め数人だけは15日締めである。よってさっさと作らなければならない。

 が、同僚Sさんにとっつかまった。「個人の文書はともかく、社内で使う文書は、一太郎で作らずにWordで作ってください。」と常々言っているにもかかわらず、このオネーサン、にこやかな顔で返事をしつつ、言うことは聞いてくれない(悲)。結局、社内に数台しかない、一太郎がインストールされているパソコンを使って、カラー印刷をさせられた。所要時間およそ20分。
 
 次。別室の同僚Sさんから電話。「大文字から小文字に切り替えるのはどうしたらいいんですか?」たぶん簡単に解決するだろうなと思ったが、解決しなかった場合に電話で説明するのがめんどくさかったので、「多分3秒で解決すると思いますけど、今から行きます」といって電話を切った。電話の向かい側では同僚Tさんが(3秒じゃ無理だろ)みたいな顔をしていた。
 Sさんの部屋までダッシュ。コンピュータを見て「Shift押しながらCapsLockを押して」、解決。終了。所要時間2秒。ちなみにこのSさんは昨日が誕生日。おめでとうございます。

 さぁ、もういいでしょう。書類作ろうよ。

 と思っていたら、同僚Sさんにとっつかまった。「パソコンから変な音がする。」…確かに。ブーンというかなり大きい音。中のIDEケーブルがCPUファンにあたってるのだろうと思い、ケースを開けて、ホコリを取って、配線をマザーボードに固定した。
 作業途中で、私を見た同僚Yさんが言う。「わぁ、SYさん、スーツ着てるっ」…たまには着ます。が、ケースの上部と下部の間にネクタイを挟みこんでしまい、そのまま行くと首が締まる感じ。うーん、スーツ着てくるんじゃなかった。
 が、結局、音は消えない。じゃあ、IDEケーブルがケース内側にあたってるのだろうと思い、固定した。これで、いったんは直った。が、まもなくまた音がし始めた。今日はいったん断念。

 結局、書類はまったく作れないまま。ピンチ。

 こういうのを処理するのが私の仕事だし、上記3人のSさんは「私が言うこと聞く人ランキング」の上位に位置する人たちだし、「いつ何時だれの挑戦でも受ける。(でも結構例外もあります。byアントニオ猪木)」をモットーとしている私としては、かまいはしないのだが、こんなかんじで、他人の事ばっかりやってて自分の事ができなくなってしまうのも何だかなー。この分だと書類作成は日曜日までかかりそう。

今日のBGMは「そして僕は途方に暮れる」(大沢誉志幸・1985)音は出ません。
見慣れない服を着た 君が今 出て行った〜

2004/11/10

5000円硬貨ぁ?

 眞鍋かをりのブログのトラックバックを辿っているうちに、
樋口一葉、早くも不評 「5千円硬貨」発行へ
というニュースにぶち当たってびっくりした。まだ樋口さんも野口さんも見てないというのに。
 が、ウソだった。あまりにほんとっぽい記事の書き方だが、よく読むと、この「虚構新聞社」は虚構のニュースをほんとっぽく書いているサイトである。でも勘違いしそう。「うそとほんと」としてはとりあげねばなるまい。

まだ生きてるよ

 「ヘキサゴン」が放送できなくなったために繰り上がり放送になった「爆笑おすピー大問題」で、遺産&遺言特集をやっている。

 私は独身で親は2人とも健在である。ので、このままだと遺産は親に2等分である。ちなみに借金はない。貯金も大してありゃしないが。しかし親だけでなく妹にも分けてあげよう。両親と妹の3人で3等分。貯金・預金等、現金関係は以上。
 
 カメラ関係(本体・レンズ・関連書籍など)は友人のU君に。
 コンピュータ関係(本体・周辺機器・ソフトウェア)は同僚のFさんに。
 プロレス関係(DVD・ビデオソフト・書籍)は友人のW君と先輩のTさんと先輩のOさんの3人に。

 プロレス関係やコンピュータ関係ではないDVD(「ウルトラセブン」「独眼龍政宗」「8時だよ全員集合」「銀河鉄道999」各DVDボックスなど)、および音楽DVDや音楽CDは、葬式の時に並べておいて、欲しい人にあげる。

 その他、ここに記載なきものは遺品処理専門業者による処分をのぞむ。

 署名もないし、印もないし、直筆じゃないし、遺言としての要件はまったくみたしていないが、まあこんな感じ。

 いや、別にまだ死なないけど(笑)。これで明日事故って死んだらどうなるんだろうね〜。
 あ、認知しなきゃいけないような子供は、いませんから(笑)。

2004/11/09

城の崎にて

志賀直哉の「城の崎にて」に、こんな一節がある。

そしてそういわれても尚、自分は助かろうと思い、何かしら努力をしたろうという気がする。それは鼠の場合と、そう変らないものだったに相違ない。で、又それが今来たらどうかと思って見て、猶且、余り変らない自分であろうと思うと「あるがまま」で、気分で希うところが、そう実際に直ぐは影響はしないものに相違ない、しかも両方が本統で、影響した場合は、それでよく、しない場合でも、それでいいのだと思った。それは仕方のない事だ。

 これを初めて読んだ時、さっぱり意味がわからなかった。
「そういわれても」とか「鼠の場合」とかいうのは、今回引用しなかっただけであって実際にはここより前の部分に書いてあるから意味はわかる。
 問題は「で、又それが今来たら」から後の一文だ。「〜あろうと思うと『あるがまま』で、気分で希うところが、〜」あたりのつながり具合が特にどうなってるのかわからない。「影響」というのも、「何が」「何に」影響するのかしないのかがわからない。
 このようなわかりにくい日本語に出くわした時、私は、意味を明確にするために英訳してみようとしたりもする。が、これはどうしてもできなかった。
 そこで、中学の時国語のW先生に「これはどういう意味ですか?」とたずねると、「こんなの、作者がその時の感情の勢いで書いてるんだから、文法的に読もうとしたってダメだよ」と彼は言った。彼は「情念の人」なのできっとこの文章が理解できるのだろう。
 しかし、つまらん。左脳発達型の私にはまるで理解できない。もちろん、書かれていることだけがすべてだとは言わない。その背後にある何かを想像しながら読むのは意味があることだろう。しかし、書かれていることそのものがまず日本語として理解されえないのでは意味がない。そう私は思う。
 
 その一方で、車に乗ってて危うく事故りそうになって、でも大丈夫だった時などには、
 

自分は死ぬ筈だったのを助かった、何かが自分を殺さなかった、自分には仕なければならぬ仕事があるのだ

という一節を思い出して納得したりすることもある。

 ともあれ、もうすぐ私は城崎へ行く。そこで蜂や鼠や蜥蜴を見ることになるかどうかはわからない。そして同僚のWさんも城崎へ行く。彼がそこで何を思うかはわからない。

2004/11/08

♪めーぐる〜めぐるー

 今日の営業はスムーズに進み、帰社してからの会議は、議長の都合で45分間で簡潔に終了。その後、議長は松山市民会館に松山千春を観に行った。

 松山千春といえば、就職直後の歓迎会で「何かやれ」と言われて、「季節の中で」を歌って以来、「長い夜」「恋」「人生の空から」「銀の雨」あたりを持ち歌としてきた。子どもの頃は、千春そのものではなく、彼が柏原芳恵に提供した「タイニーメモリー」や高田みづえの「青春2」を聴いていた思い出がある。

 「うたばん」に千春が出た時、「俺はライブでは10曲しか歌わない。」と言って石橋&中居を驚かせていた。ライブ1回2時間〜2時間半。10曲歌って40分〜50分。「残りの時間何してるんですか?」と聞く石橋&中居。答える千春。「ばかやろう、しゃべってるにきまってんじゃねえか。曲聴きたいんならCD買って聴いてりゃいいじゃねえか」ってオイオイ(笑)。

というわけで、きょうのBGMは千春にしようと思った。が、…。

うわー、めったに観ない「HEYHEYHEY」に一世風靡セピアが出てる。勝俣州和と柳葉敏郎と哀川翔が同じ画面に写ってる。しかも全日のレスラーと飲み屋でバチバチになった話してる。最初から録っとっけばよかった。

 ということで、きょうのBGMは「前略、道の上より」にしよう。
…と思った。が、見つからなかった。
 よってやっぱり千春の「人生の空から」

 その他にも、下のサイトでは、千春をはじめとしてかなり多くの曲をmidiで聴くことが出来るので皆さん行ってみては?
1.gif

2004/11/07

アルフィーベストとシャアザク

 ひさしぶりにデオデオに行った。CD売り場でアルフィーの3枚組ベストを発見。ジャケ写が池田理代子による3人の似顔絵で強烈なインパクト。要するに「ベルばら」風。画像はこちら
 通常盤(5000円)と、メンバーによるライナーノーツDVDと似顔絵入りブルゾンがついた限定版(8000円)があった。ライナーノーツDVDは魅力だが、ブルゾンは不要だし、ブルゾンの大きさの分、ボックスが異常にでかくて場所を取りそうだったので、通常版を購入。
 その後、財布が壊れていたので、フジグラン松山に買いに行った。さらにめったに行かないおもちゃ売り場に行き、シャアザクのプラモデル購入(1050円)。

 アルフィーベストははっきり言って3枚組のうちの1枚目だけで十分だった(「メリーアン」〜「My Truth」)が、ま、嫌いじゃないので良しとする。3枚目には「ドラえもん」の主題歌だった「タンポポの詩」や「銀河鉄道999エターナルファンタジー」の主題歌だった「Brave Love」などが収録。ドラえもんもどうかと思うが、999の方については言いたいことが山ほどある。が、長くなるので今日は書かない。

 こないだローソンでガンダムのプラモデルを衝動買いして作ってしまってから、プラモデルもいいなあと思い買ってみたシャアザクであるが、実はガンダムそのものにはほとんど興味がない。
 私の世代的にはハマった人が多いはずだが、私自身はテレビも映画もほとんど見たことがない。何でハマらなかったかというと、ガンダムの世界が、要するに戦争の話であり、どっちが正義でどっちが悪かというのが私にはよくわからないからだと思う。最近の仮面ライダーとかも話がややこしくてさっぱり理解できない。やっぱり「水戸黄門」がわかりやすくていい。
 が、造型的には悪くないし、作ってる最中は没頭してよけいなことを考えずに済むのでいいかも。だから別に「ガンダム」じゃなくても「城」とかでもいいんだけど。

 帰りに、トヨタのハイブリッドカーPriusを見かけた。それだけなら驚かないが、その白いPriusはタクシーだった。パッと見では絶対、タクシーとは思えない。

2004/11/06

無口でうそつきな私

 今日は会社見学に来た新しいお客さんのために、社内を旗降りながら案内してまわった。まるでツアコン。すると途中で顔なじみのお客さん達に出あった。「あ、SYさん、写真撮って下さいよ」「い、いや、今日はカメラもってないんで」「えー、そうなんですかぁ?」こないだのしまなみウォーキングの時にさんざん撮ってあげたお客さんだがまだ満足していないらしい。

 昼からは、坊っちゃん球場でやってるヤクルトのキャンプでも見に行こうかと思っていたが、ふと新聞を見るとキャンプ初日の様子を見に行った客のコメントが載ってて、その客の住所氏名年齢職業を見ると、2つ年上の従兄だった。何となく先を越されたような気分になって今日は行くのをやめにした。
 その後、急に人と会って話をしなくてはならなくなった。私は基本的に無口なので、と書くと読者の皆さんから一斉にツッコまれるかもしれないが、初対面の人と話すのはとてもつらい。なんせこっちの持ちネタはこのブログに書いてるようなマニアックなネタばかりだし、相手から話を聞き出すのも下手である。2時間ほど話したが、正味1時間くらいしか話してないような気がする。

 小学校5年か6年かどっちかは忘れた。Tさんという名の転校してきた可愛い女の子がいて、授業中もその子の方ばかり見ていた。が、そのうち、その子がいじめられるようになった。クラスをかき回すK・K・Sの3人に対して、彼女が異を唱えたのがきっかけである。彼女はモノをはっきりいう子だった。
 K・K・Sの3人が、クラスの他の男子に、「Tは生意気だからお前殴ってこい」と命令する。命令された男子達はTさんの頭や背中などを殴り、その後3人組に報告する。場合によっては教室の後ろの、公衆電話ボックス大の掃除道具ロッカーに彼女を押し込め、後ろからゴムボールを投げつけるとか。
 私も殴ってこいといわれたが、殴りはしなかった。そして殴ってないことがわかると私が3人に殴られるのである。
 Tさん以外にもK・K・Sの3人に異を唱える女子はいて、そういう女子のことも殴ってこいと3人は命令してきた。私はそういう場合、その子のところにいって、「肩に手を置くからあいつらに聞かれたら『殴られた』って言っといて」と言って肩にポンと手を置いた。が、Tさんにはそういうことすら言えなかった。
 ようやくこれが学級会で問題となった。担任の先生がKKSを糾弾する。がKKSの3人は言う。「俺らも殴ったかもしれんけど他の奴だって殴ってるぞ。」担任は言う。「じゃあ、Tさんを殴ったことある人は前に出てきなさい。」ゾロゾロと前に出ていく男子たち。
 その結果、最後まで座っているのは女子全員と男子一人。それを見た前に出た男子が口々に言う。「嘘つけ、お前が殴ってるの見たぞ」「嘘つきっ」「嘘つきっ」

…その後、放課後になると、わたしは男子達に連れ出されるようになった。そこで何をやっていたかは覚えていないし、問題ではない。とにかくやっとの事で家にかえると、母が言う。「K君から電話があって、『僕はSY君がTさんを殴ってるのを見ました』って言ってたけど、あんた本当に殴ってないの?」
(…親にすら信じてもらえないのか)
と私は思った。
 さらに、電話はエスカレートした。受話器を取ると、けたたましい笑い声が流れ続ける「笑い袋」の音。切っても切っても何べんもかかってくる。私も母ももはやノイローゼに近かった。
 今も私は、携帯電話でなく家の電話にかかってきた場合は、よっぽどのことがない限り取ろうとしない。それは、この時の事が原因である。

 この話、まだまだ続くが、今日はこのへんで終わり。

2004/11/05

シロクジチュウ

 今日は金曜日で営業がないので、月曜日に使う資料を作成しようと思ったが、WEB作成の会議や、コンピュータルームのコンピュータのメンテや、慰安旅行の会議や、同僚のコンピュータ絡みの質問に答えてたら、あっという間に一日が終わってしまい、結局作れなかった。するとさっき、「早く作りなさいっ!」というメールが来た。(いや、文面はもっと柔らかかったけど。)
 で、それぞれの仕事でそれぞれの同僚と話をしたが、その中の一人が言うには、
「最近まで、『四六時中』って、虫だと思ってました」だって。何でやねん(笑)。たしかに「シロクジ『チュウ』」やけど。
 有名なボケとしては、「有賀さつき(元CXアナウンサー)が『旧中山道(きゅうなかせんどう)を通って〜』というニュース原稿の『旧』の字を『1日』と見間違え、『一日中、山道を通って』と読んだ」という話や、「『月極駐車場』というのは、駐車場管理の大手である株式会社『月極』が経営している駐車場である」という話など、他にもたくさんあるだろうが、「四六時中とは、虫である」ってのは初めて聞いた。書いちゃった、ごめんなさい(笑)>Yさん
 
 「虫」で思い出したが、一青窈の「もらいなき」の中に「夜光虫」ってのが出てくる。

♪朝、から 字幕だらけのテレビ
  に
  噛りつく夜光虫

 が、「夜光虫」って何?
 調べてみるとこことかここにかいてあった。

 もちろんこの歌では比喩的に使われているのだが、それにしても何故こんな単語を思いつくのか謎。あと、句読点の打ち方も謎。「モーニング娘。」と「藤岡弘、」に匹敵する謎。

 「笑いの金メダル」みてたら、久々に鉄拳の姿を見た。鉄拳が元FMWのプロレスラーだったのは有名な話だが、今日は忍者ネタだったせいもあり、ネタ中のBGMがさりげなくグレートムタのテーマだった。

 最後に業務連絡。「楢山節行」じゃなくて「楢山節考」である。

2004/11/04

ワルキューレの騎行など

 友人W君に「(このブログの)ネタがなくってさぁ」と言うと、「テレビみてたらいくらでもあるでしょ」と言われた。ま、そうなんですけど。
 
 というわけで、「いきなり黄金伝説」の「1ヶ月1万円生活」。一つ謎なのは、伝説達成の時のBGMが、私の好きな「独眼龍政宗」のテーマソングであること。普通の人は「政宗」のテーマソングと言われてもわからないと思うけど。それにしても、どうしてあの曲が使われているのかよくわからない。webで調べたら、同じ疑問を持ってる人が一人だけいた。
 こんなDVDもあるらしい。買いそう。
NHK大河ドラマ テーマ音楽全集 DVD Vol.1, Vol.2
 
 歌詞のない曲は説明するのが難しい。私はクラシックがほとんどわからない。いっとき少しは覚えようとした時期もあったが、結局、私は歌をメロディーよりも歌詞で聴く人間なのだろう。
 今では、わかる曲と言えば、ベートーベンの「運命」ワーグナーの「ワルキューレの騎行」エルガーの「威風堂々」だけである。わかりやすく言うと、ブルーザーブロディの入場テーマ藤原喜明の入場テーマランディ・サベージの入場テーマである。あ?わかりにくい?じゃあ、いいです(悲)。
 一方、「ブロディのテーマは、『運命』じゃなくてレッド・ツェッペリンの『移民の歌』だろう」とツッコメる人は立派なプロレスマニアだが、「運命」も使われてたことがある。多分新日参戦時(85〜86年)だったと思うがさだかではない。いや、「運命」の冒頭の直後に「移民の歌」に変わるんだったかな?

 今日のブログでは、下のWEBから素材をいただいた。ちょっとクラシック聞いてみようかな。明屋でCD1枚300円で売ってたし。
bana09.jpg

2004/11/03

1.4パーセント

 おとといのしまなみ海道ウォーキングで、糸山公園までのバスの中でお客さん達がイントロクイズをやっていた。彼女達は言った。
 「昔の曲でもいい?」「えー、昔のはわかんないから、童謡とかだったらいい」「童謡って何?」「『桃太郎』とか『浦島太郎』とか『金太郎』とか」「『金太郎』って何だっけ?」「えっとー、クマと相撲とるんだよ、たしか」「ふぅん」
 それを聞きながら(そういえば、金太郎ってどんなんだっけ?)と私も思った。
 と思ってたら、今日の「トリビア」の「トリビアの種」で、まさにそれが問題になっていた。
 「日本人が『金太郎』の話をはなせる確率は??パーセントである」
 結論は1.4パーセント。桃太郎や浦島太郎のメジャーさと比べて驚くべき低さである。番組によれば、金太郎のポイントは4つ。
1 足柄山に住んでいる
2 クマと相撲をとる。
3 武士(源頼光)の家来になる
4 坂田金時という名の武士になる

 源頼光とか坂田金時とかいう名に聞き覚えはある。が、金太郎ではなくて、子どもの頃に読んだ御伽草子(もちろん子ども向けに書き直された奴)の中の「酒呑童子」だったような気がする。
 というわけで今日も調べてみる。

参考:酒呑童子

 ちっ、「酒呑童子」はすぐ検索できたが、「金太郎」は、「サラリーマン金太郎」とか「銭形金太郎」の方にヒットしてしまってよくわからない。

 ともあれ、タモリが最後にいってたが、桃太郎や浦島太郎と違って中途半端にリアルなので、人々が大して面白い話だと思わなかったのだろう。

 「ココリコミラクルタイプ」に佐々木健介出演。健介も何やってんだか。フリーだから稼ぐためにはしゃーないか。この番組には前に北斗晶も出ていたが、北斗ですらマイナーなのに、そのダンナの健介なんてマイナーきわまりないぞ。

2004/11/02

野口さんにはまだ会えない

 仕事の帰りに生活費をおろしに行ったが、まだ野口さんには会えなかった。ところで、世間の人々は野口さんや樋口さんの事を知っているのだろうか。新渡戸さんの時もさんざん「誰それ?」って言われてたが。でもまあ、お札の顔なんてそんなものかもしれない。
 しかし、野口さんと言えば英世じゃなくてやっぱり五郎でしょ。中学の頃、地図帳見てたら、野口五郎岳という山を見つけた。友人と「野口五郎からとったんかなぁ?」と話したが、事実は逆である。参考はここ
 「逆である」で思い出したが、何かの番組で長門裕之がゲストで出てて、彼の若いころの映像が流れた。それを見た周りの芸能人達が「(サザンの)桑田さん似てますね〜」というと、長門は大いに憤慨していた。逆である。
 で、恒例(?)の、野口五郎の曲5曲。「博多みれん」、「青いリンゴ」、「私鉄沿線」、「19:00の街」…うーん、あと1曲が無理。
 野口五郎公式WEBで調べてみた。が、やっぱり上記4曲以外はピンと来なかった。
 私は「19:00の街」が好きでよく歌っていた。これは83年の曲である。私は当時中1だった。しかし、あんな歌詞の曲が好きな中1生っていうのもイヤなもんだ(笑)歌詞と曲を知りたい方はここからどうぞ。
 この曲で印象深いのは、この年の暮れの紅白歌合戦である。81年まで10年連続で出場していた彼は、82年に落選。しかし83年のこの曲で返り咲いた。客席には「おかえりなさい、ゴロー」の横断幕。間奏中に涙を浮かべる野口。(しかし結果的にはこの年以降、出場していない。)

参考は
Red and White Song Festival
紅白歌合戦情報

 さらにこんなページも見つけた。上で書いた「横断幕」の話は私の記憶違いではなかったようだ。っていうか前にも書いたけど、21年前の事を鮮明に覚えてる自分がちょっとイヤ。(哀笑)

 PRIDE28は、DSE(またはCX)の陰謀ではないかと思った。だってジョシュ・バーネットを指して、「最後の強豪」って、それはいいすぎだろう。しかも「新日本プロレス所属のジョシュ・バーネット」ってあれだけ前フリであおった上で、数十秒で肩脱臼してジョシュの負けって…。あれじゃあ、新日がすごーく弱そうに見える。言ってみりゃ、「ホメ殺し」ですね。

 えーっと、「野口五郎」で658文字書けたのに、「PRIDE28」で171文字しか書けなかった。どうなんでしょ?ま、私がPRIDE語ってもつまんないし、いいや。

2004/11/01

志村けんの「人生が二度あれば」

  今日は200名ほどのお客さんを連れて、しまなみ海道ウォーキングを実施した。
 コースは、糸山公園(今治市)から来島海峡大橋を渡って、大島の「いきいき館」でトイレ休憩、引き続きバラ公園(吉海町)までのおよそ11キロ。
 私は主任から「君は写真係。列の先頭から最後尾まで行ったり来たりしながら写真撮ってね。」と言われた。
 そこで、言われた通り、まず出発の時点で、みなさんが歩いていくのを写真を撮りつつ見送り、一番最後の人が行ってしまうと、そこからカメラ2台をぶら下げたまま、お客の列をかき分けながら先頭に向かって走る。
 先頭の人の50mくらい先まで到着すると、そこで立ち止まり、またみなさんが歩いていくのを写真を撮りつつ見送る。そして最後の人を撮り終えたらまた先頭に向かって走る
 これを5回くらい繰り返した。あー、しんど。絶対13キロくらいは走ってるぞ。
 歩いている途中で、ちょうどバス停のあたりで、汗を拭うために額に手を当てたら、後ろから乗り合いバスが来て私の横でとまり、前のドアが開いた。よっぽど乗ってやろうかと思ったが、さすがに仕事中なので乗らなかった。バスの運転手は(何だ、乗らないのか)みたいな顔をして、行ってしまった。
 バラ公園の芝生広場では、昼食解散になった直後に芝生に大の字。お客さんから「大丈夫ですか?」とずいぶん声をかけられた。
 その後、同僚Hさんから「写真撮ってや」と頼まれたので、Hさんと、どうやらたまたま出くわしたらしいHさんの知り合いの人の写真を撮った。
 が、撮っている最中ですら気づかなかったが、実はその知り合いの人は、ウチの会社の前の社長だった。当然私も知っている人なのだが、それに気づかないくらい私は疲れていたのである。

 芝生広場では、オルゴールアレンジされたニューミュージックのいろんな曲がBGMとして流れていた。ユーミンの「卒業写真」、オフコースの「Yes No」、浜崎あゆみ(曲名不明)、今井美樹の「PRIDE」など。
 PRIDEと言えば、昨日ジョシュVSミルコがあったが、テレビ放送は明日なので、その話は明日書く。
 そして、そのいろんな曲の中で、井上陽水の「人生が二度あれば」がかかっていた。(11キロ歩いてきてヘロヘロになっているこの場には似つかわしくないなぁ)と思う一方で、私はあることを思い出していた。

 「志村けんのだいじょうぶだぁ」(CX・87〜93)では、松本典子と田代まさしとの「じいさんばあさん」とか、石野陽子との「おはな坊」とか、田代との「ひとみばあさん」とか、「変なおじさん」など、さまざまなキャラのショートコントを毎回放送していた。
 そんなある日の放送。おじいさんに扮する志村。縁側に座って物思いにふけっている。BGMは「人生が二度あれば」。

♪父は今年二月で 六十五
 顔のシワはふえて ゆくばかり
 仕事に追われ
 このごろやっと ゆとりができた
 父の湯飲み茶碗は 欠けている
 それにお茶を入れて 飲んでいる
 湯飲みに写る
 自分の顔を じっと見ている

 人生が二度あれば
 この人生が二度あれば


この歌詞の内容どおりに、無言で演じ続ける志村。最後は、縁側から画面が切り替わり、日が沈む海。そして志村は、服を着たままで沖に向かって歩いてゆく。

 コントとしてのオチは全くなかった。普通のショートコント連発の間に挟まったこのコント(?)は異様だった。お笑い番組とは思えないこのひとり芝居で、彼はいったい何を言いたかったのか。わかるような、わからないような。とにかく印象に残っている。

今日の参考は、志村けんのギャグ紹介

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