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2005年6月の30件の記事

2005/06/30

90年代前半の日本武道館と池袋のカラオケボックスを想う

 今日も営業。トークは弾み、「脱げ!」とか「脱ぎます!」とか「脱げば?」とか「脱がない!」とかいう言葉を、お客さんとやり取り。 (何の営業やってたのかがヒジョーに謎。商品がちゃんと売れたのかどうかも謎。)無意味にトークに力を入れてしまったので、 営業は4つだったが、6つ分くらいの疲労。
 退勤間際。パソコンが得意ではない1課主任のOさんから、「相談」という名目で、その実、仕事依頼。 去り際にお菓子を2つ置いてくれたのはいいが、「すまんな、報酬がこんなんで」…って、ガキの使いではないぞ(笑)。ともかく、 私がやったほうが明らかに早く終わる仕事なので引き受けた。
 退勤後、明屋中央通で立ち読み。全日のレフェリー和田京平の「人生は3つ数えてちょうどいい」 。全日分裂前後の三沢と馬場元子の確執とか、 ジャイアント馬場と天龍、あるいは鶴田の関係、90年代の四天王プロレスについてなど、 非常に面白かったが、買ってはいない。 なんにせよ、あの時代(天龍の全日離脱→三沢の鶴田越え→四天王時代)に東京にいて、 武道館を初めとしていろんな会場でナマ観戦できたのはよかった。
 帰宅後、何気なしにCMを見ていて驚いた。(これはもしかすると少年隊の3人ではないかい?別々か2人で見ることはあっても、 3人そろってるのは、もうここ最近は見たことないぞ。)と思って調べてみると、やっぱりそうだった。(富士フィルムのCM紹介のページ
 少年隊も年とったな~。少年隊といえば、92年の夏。先輩Nさんと一緒に、麹町で塾講師のバイトを終え、有楽町線で池袋まで戻り、 東武か西武かどっちかのビアガーデンで2人で飲んだ後、カラオケ行って「仮面舞踏会」(1986)を歌ったのが、 ついこないだのように思い出される(←自発)。その後、この曲は私とNさんの持ち歌になり、 一緒にカラオケに行くと必ず歌うようになった。ほぼ、 歌詞を見なくても互いに自分のパートが歌えるくらいまでには呼吸が合うようになっていたのだが、 最近は彼が忙しく一緒に歌う機会が少ないのが残念である。今年はすでに1度、3月15日に歌ったが、やはりブランクが長く、イマイチの出来だったような気がする。

2005/06/29

鬱という字は書けます。

 今日は、朝いきなりトラぶった以外は、機嫌よく4つ営業行って、 残りの時間はNさんとかYさんとかFさんとかSさんとかSさんとかNさんとか(←あぁ、もう誰が誰だかわからない。) いろんなところからのコンピュータ関連のトラブル解決や仕事以来の処理。
 途中、相変わらず陽気に「オレ、うつなんよぉ~」というU君に、「うつじゃなくて躁やろ?」と言うと、「うつやって。心が病んどんよぉ」 とまた明るく言うので、「心が病んでるのは前から知ってる」とバッサリ切り捨てると、周囲の人々、(そこまで言うか)という感じで苦笑。 彼の天性の躁キャラは、時にうらやましいが、かといって天性の鬱キャラの私にはまねできないし、まねしたいとも思わない。まぁ、 補完しあって12年間、友達だからいいのだけれど。
 で、躁のU君の話し相手を分捕って、最後の1つのトラブルは、彼女が操作しているのを横で見てるだけで直った。うーん、今日は好調だ。が、 朝のトラブルは自分ひとりでは直せなかったので、Fさんに解決してもらって帰宅。
 あ、でも今日は本当は午後休みの日のはずだったのだが。自己都合とはいえ、どうもあまり休めない。
 

2005/06/28

特になんということもなく23年前を想う

 営業は1つだけだったが、その前後にあれこれあれこれあって、結局8:30から17:45まで休む間なし。
 帰宅後、NHK「歌謡コンサート」を観る。西城秀樹と細川たかしと長山洋子と五木ひろし狙い。とりわけ五木ひろしは「契り」 を歌うというので、しっかり観た。五木の他の歌はそうでもないのだが「契り」だけはなぜか歌えるようになりたいと思っている。 ちなみにこんな歌。 1982年だから私は中1。「聖母たちのララバイ」と同年。 あの頃の曲は本当に体にしみついている感じがする。

その他の1982年の曲。
セカンド・ラブ(中森明菜)
チャコの海岸物語(サザン・オールスターズ)
春なのに(柏原芳恵)
待つわ(あみん)
恋人も濡れる街角(中村雅俊)
夏をあきらめて(研ナオコ)
悲しい色やね(上田正樹)
等々。

2005/06/27

35才は限界か否か

 というのは、昨日放送だったPRIDEミドル級GPの話である。桜庭はもう限界か?同い年なので気になる。こんな顔を見るともう無理かとも思ってしまう。
 一方、滝本に勝った田村も同い年である。 こちらもテレビ放送だけ見てると田村が劣勢のところばかり映してたような気がする。ところで、試合前の舌戦で、滝本が「何とかW (=UWF)とか知りませんから」というのを聞いて本能的にムカッとしてしまった。やはり私は根っからのプロレスファンか。
 曙VSグレートムタ決定。 おぉ、久々に観たい試合だ。 曙も最初からプロレスやっとけばよかったのに。あ、曙も同い年だ。

2005/06/26

岩崎宏美ライブ2005~Happiness~愛媛・三瓶文化会館 感想

 前日いくら考えてもうまくいかなかったデータベース構築のために出勤。「全員集合」のDVDが到着していて、初回特典として、 ゲストが着ていた陣羽織がついてたので、羽織ってみて、そこらにいた同僚に見せて一笑いとった後、データベース作成。 この日はすらすらと出来上がり、ほぼ完成。
 4時から車で三瓶へ向かう。行きは378号(=双海・長浜・保内)経由。海超え山超え2時間15分くらい。会場は800人収容くらい。 西条文化会館よりまだ狭い。私の席は最前列!
 6時35分くらいにスタート。最新アルバムから4曲。予習不足だったが、1とか3とかは初めて聴いてもインパクトあり。続く、5の「手紙」 や6~9の「Dear Friends」からの4曲は充分聴きなじみあり。「良美と私は顔の骨格が似てるから声も似てます。 でもコロッケとは似てないわ」などと笑いを入れつつ、1部終了。プロレス会場ではよくある途中休憩だが、コンサートでは初めて。 その間にロビーでアルバム「Happiness」を購入。CDまたはDVD購入者には、公演後、握手会があるとのことだったが。
 第2部。7時40分ごろスタート。「ロマンス」をフルで歌った後、シングルメドレー。私の興味は「シンデレラハネムーン」 を歌うのかどうかにあったが、しっかり、振りつきで歌う。おおむねのヒット曲は歌ってたが、私が一番聴いてた時期の「家路」とか 「真珠のピリオド」とか「橋」とかがなかったのがちょっと残念。
 途中で時間が気になり、腕時計を見ていたら、本人に見つかってしまい、MC途中で「もうやめましょうか」と言われてしまう。ごめんなさい。
 最新シングル「ただ・愛のためにだけ」は、リフレインが多く、実は岩崎宏美向けではないのではないかと思いながらも、 彼女は何でも上手に歌う。しかし良くも悪くも中島みゆきの曲ではある。
 ラストは「聖母たちのララバイ」だったが、これは以前に中島みゆきコンサートレポートでも書いたが、 大ヒット曲過ぎるがゆえにあっさり歌ってた感じがした。アンコールの「思秋期」の方が想いの入れ方としてはよかったかも。
 握手会に並ぼうかどうしようか迷ったが、手握ったまま「岩崎宏美と私」 というテーマで10分くらい話してしまうアブナイファンになりそうな気がしたのでそのまま会場を出た。帰りは八幡浜→大洲から高速。 1時間半で帰宅。

 これまでにもたびたび書いてきたが、何せ彼女は私の歌謡曲の原点なので、感慨はひとしおであった。この日のベストはやっぱり 「♪あなたお願いよぉ~」の「ロマンス」で、次点がオープニングの「その瞬間から…」と、彼女が「息子たちを想いつつ」と言う 「同じ空の下で」。
 
 

2005/06/25

岩崎宏美ライブ2005~Happiness~愛媛・三瓶文化会館

愛媛県西予市・三瓶文化会館 18:30~20:45
曲名・曲順の記憶がやや微妙。カッコ内の数字は初出年。

第1部
1 その瞬間から…(アルバム「Happiness」2004)
2 また恋に落ちましたね(同上)
3 天気雨(同上)
4 幸せになろう(同上)
5 手紙(2004)
6 ブルー(アルバム「Dear Friends」2003・オリジナルは渡辺真知子1978)
7 恋におちて(同上・オリジナルは小林明子1985)
8 夢(2001)
9 時代(同上・オリジナルは中島みゆき)
(10分休憩)
第2部
1 ロマンス(1975)
2 シングルメドレー
  二重唱(1975)→センチメンタル(1975)→思い出の樹の下で(1977)→シンデレラハネムーン(1978)→万華鏡 (1979)→すみれ色の涙(1981)→決心(1985)→好きにならずにいられない(1986)→あざやかな場面(1978)
3 Mr.Melody(1982・オリジナルはナタリー・コール)
4 生きがい(アルバム「私・的・空・間」1983)
5 Happiness(アルバム「Happiness」2004)
6 同じ空の下で(同上)
7 ただ・愛のためにだけ(2005)
8 聖母たちのララバイ(1982)
アンコール
  思秋期(1977)

感想は後ほど。

2005/06/24

早く歌わせてください

キスケでカラオケ空き待ち。酔っ払いのHさんに逃げられたかも。やっぱり他人に合わせられない。でも今日は何の心配もなくきもちよく歌えそう。

2005/06/23

温泉卵

 相変わらずテンションがあがらず、退勤時刻後即帰宅。今日の「みなさん」は志村けんVS松下奈緒。志村けん、レバーで敗北。 罰ゲームは東村山音頭(3丁目のみ。)1丁目もやりかけたが、コントではない素の時にやるのはきつかったらしく途中で挫折。 勝った松下の嫌いなものは温泉卵。アントニオ猪木も温泉卵が嫌いらしい。私も嫌いである。「固いんか柔らかいんか、はっきりしやがれ」 って感じ。
 明日の飲み会はきっと楽しいだろう。そして明後日の岩崎宏美コンサートではきっと感動するだろう。早く今のローな気分から這い上がりたい。
 

2005/06/22

不調

 どうもここのところ気分が優れず、筆も進まない。早く週末になればいいのに。

2005/06/20

こらこら

 今日の昼食時。11時43分ごろ。営業に行くのを忘れて昼食を摂っていたのはHさん。 私が指摘するとあわてて食堂を飛び出していった。今日は通常スケジュールではなかったからではあるが、それにしても。
 明日、私はコンピュータルームで10:40から11:30まで3DCG講座。ちょうどその時間を外して8:35から15: 10までHさんが別の講座のためにコンピュータルームを使うことになっていた。しかし、念のためと思って、夜、Hさんに電話してみると、 「スケジュール変更で、君の10:40からと重なってしまったから明日はやめとく。」…こらこら、それならそれと連絡してくれなきゃ、 補助講師のOさんに「8:30までに来てください」って電話しそうだったじゃないですか。
 つくづくスケジュール管理の甘いHさんである。いい人なんだけどねぇ。

2005/06/19

容積は103.788cc

 今日は、樽酒とマスを前に「マスマス頑張ります」などと言うオヤジギャガーな同僚Tさんの結婚披露パーティー。場所は、 去年の秋のABC以来のMonk。
 一般的に私は結婚式ではテンションが上がらない。臨機応変にその場での会話をとりあえず成立させるというのが異常に下手であり、 できれば一生黙っていたいくらいである。話すのなら簡にして要でありたい。って、今調べたけど「簡にして」の後はいろいろあるらしい。「要」 とか「明」とか「素」とか「潔」とか。別に何でもいいけど。
 とにかく序盤はつらかった。彼が本音で語ってるとは思えない。あるいは彼がモノを考えて話しているとは思えない。ま、 短かったからいいけど。
 後半は、素面のオヤジギャガーTさんの「僕はマス酒はだめなので、シャケで」という発言に「帰れっ!」とか言いながらも、 今後の旅行予定ほかに関して話し相手になってもらい、何とか無事終了。
 「こういうの(=マス)みたら、容積を量りたくなるんですけど」「それは変。」「いや、やっぱり理系だしぃ。」 「シングルCD並みの8cm位か?」…私たちは飲み屋でいったい何をやってるのだろう?
 旧旧空港通りのNさん&Sさんと共に、市駅からバスで帰宅。

2005/06/18

1台買って1台壊れて1回負けた

 オーストラリア出張用にノートパソコンを買った。久しぶりに他人のではなく自分のコンピュータのインストール作業を行った。 それと平行して、同僚Nさんのノートパソコンがまたトラブったので、あの手この手で修理。いや、「私が」ではなくて「Fさんが」であるが。 で、いつものごとく、インストールやバックアップにに時間がかかるので、待ち時間中に囲碁。13路盤。13路盤なのに6子局。しかも負け。 2の2に下がれば生きれたであろうのに、2の1にハネたせいでホウリコまれてコウ争いになって負けて、一隅死んで全体でも負け。 通算7勝13敗1分け(+2敗)。

2005/06/17

時間泥棒

 世の中には賢い人とそうではない人がいる。私は賢い人でありたい。
 批評家には、「で、あなたはどうするの?」と聞いてみよう。批評だけでは新しいものは生み出せない。
 ものをあまり考えずにただヘラヘラ笑っている人間は信用できない。イエスかノーかはっきりせよ。

2005/06/16

22年前の6月16日

 ここ最近ネタが少なく、筆が進まない。ので、昔の日記を引っ張りだしてみる。

1983年6月16日。(中1。)の日記。
 今日は5時間までで終わった。…中学総体の影響だろうか?
 1時間目は数学で今日から空間図計に入った。…「図計」じゃなくて「図形」である。きっと「昔は」漢字は苦手だったのだろう。
 2時間目は国語だった。今日は落語を読んだ。先生も読みながら笑っていた。…中1相手に何やってんだろう?>W先生。
 3時間目は理科で種なしスイカの作り方の話を聞いた。…M先生かF先生かは不明。
 4時間目は宗教がなくて英語だった。まだ8課には入れなかった。…2ヶ月そこそこで7課までも進んでる。
 5時間目は社会だった。今日から南アジアに入った。…地理は昔から苦手であった。

 以下省略。その他の年の6月16日もありはするが、ちょっと表に出せるものはない。

 「報道ステーション」で、古館伊知郎が巨人VS楽天の試合レポートを珍しく自分でやっていた。「ワールドプロレスリング」ほどではないにせよ、いわゆる古館節を久々に聴き、懐かしかった。

暑いだるい眠い

 暑くなってきたせいか、帰宅後だるくすぐ寝てしまう。昨日の晩も7時くらいからの記憶がなく、起きたら5時だった。 今週の営業は今日までである。今日さえ乗り切れば、来週の火曜に1回行くだけで、1週間、営業がない。週末は漢字検定だったが、 同僚の結婚式とぶち当たり、また学習も進まなかったので受検断念。若干目標を失い気味だが、 24日の大洲の打ち上げと25日の岩崎宏美コンサートと、その辺で到着する8時だよ全員集合DVDを楽しみに何とか6月を乗り切りたい。

2005/06/14

K-1JAPAN GP視聴

 昨日の営業がここ1年ほどの中で最悪の結果となり、その相手のお客さんを過去に知っている同僚(TさんとKさんとSさん)をとっつかまえちゃあ「やってられないですよぉ」と愚痴りつつ、4時から会議。月曜の会議は、発言するのに気を遣うことは全くないが、扱う議題が毎回シビアなのでその意味では疲れる。しかもこの日は寝不足。その上、終了が6時。ヘロヘロで帰宅後、8時半から睡眠。起床は今日の6時半。よって昨日のブログは書く暇無し。
 
 今日は、朝から書類処理。200枚中50枚は昨日終わってて、今日は残りの150枚。2時間弱で終了。10時40分から営業。ここ1年ほどの中で最高の結果となる。昨日と今日とで地獄と天国である。

 その後、平和な午後。夕方、隣のTさんの手伝い。その後、書類処理中のW君をいじりにいくと、邪魔されたくなかったか(?そうでもないか?)、「これでもやってなさい」と言われて、なぜか東大の問題(2003年文科2類(後期)の論文Ⅱの2番。河合塾のページ。)を渡される。小問4問のうち2問半くらいは正解。4問目の300字は考える気力がなかったが、いきなりやったにしてはまあまあの出来。
 機嫌良く退勤しようとしたところで、2課&3課の人々と、あるテーマについて議論(というか相談というか打ち合わせというか。)。しかしK−1ジャパンの放送に間に合うように帰りたかったので、一段落したところで帰宅。

 で、K−1ジャパン。今日は広島大会。
 TVオープニングマッチは、「ミルコに負けた」富平VS「ベルナルドに負けた」天田。(2001/1/30。松山市総合コミュニティセンターでの話。その日の試合結果はここ。前にも書いたような気がするが。)残念ながら天田の負け。
 次は、藤本VS森口。どっちもスキンヘッドなので、会場で見てたら区別がつかないに違いない。トランクスの柄は少々違うにしても。
 次。サップVS中尾。サップ久々。相変わらずスタミナ無し。中尾はよく頑張ったと思うが、この2人なら、K-1じゃなくてPRIDEかプロレスでやった方がおもしろいと思う。実際、中尾はドロップキック出してたし。当たらなかったけど。
 次。中迫VS堀。中迫なんか若手だと思ってたのに、いつのまにかベテラン呼ばわり。まだ32だというのに。
 そして、チェ・ホンマンVSトム・ハワード。トム・ハワード?小川直也がプレデターに鎖で宙づりにされた日に、プレデターの横にいたあのトム・ハワード?(2002/5/3。松山市総合コミュニティセンターでの話。その日の試合結果は「爆勝ROOM」内のここ。)
あらら、負けちゃったよ。相手がでかすぎる(218センチ)。
 富平VS藤本。富平のハイキックがきれいに決まる。藤本は失神こそしなかったものの、立ち上がろうとしたところで腰が砕ける。
 サップVS堀。弱いぞ、サップ(1ラウンド)。いや、やっぱり強いか。(2ラウンド)。でも最後のパンチは後頭部だったような気もする。
 決勝戦。サップVS富平。1ラウンド末のサップの猛攻はすごかったが、それ以上に富平の薄い髪の毛が気になってしまう不謹慎な私。まるで武藤敬司の末期を見ているようである。おぉ、サップのハイキック(2ラウンド末)。初めて見た。しかしスタミナ切れか?うーん、できればKOしてほしかったが、結構おもしろかったのでよしとしよう。やはり、「練習すれば成果は出る」って話かなぁ。

2005/06/12

ぐちぐちぐちぐち

 5月22日以来の第21戦。13路。有無を言わせず私が黒番。3子を捨て石にして、敵を分断。20数子を殺して中押し勝ち。7勝13敗1分け(+1敗)。
 その後、4時から8時半まで仕事。どうしても今日中にやらねばならない仕事だったので、完璧な仕上がりではないが、時間切れのため仕方なく終了させる。
 ウチの会社は、営業やってナンボなので、私の今日の仕事などは誰からも相手にされない。相手にされないだけならまだしも、「そんなん、言ってみりゃどうでもいいことだし、よけいな仕事でしょ?」と、私に向かってハッキリそう言う人がいるのが不愉快である。皆がそれぞれの持ち分でちゃんと仕事するからこそ、無意識のうちに自分の仕事がしやすくなってるということがあるはずなのだが、それに気づいていない人は多い。

2005/06/11

短文

 今日は営業×4が、そりゃもう大騒ぎで疲労。午後も若干のトラブル。昨日近所の人々をイジった罰があたった。

2005/06/10

♪とぉきぃおっ、ときおがそらをとぶぅ

 今日は営業がなく、朝から割とゆっくり過ごす。
 今年の「坊ちゃんマラソン」。(去年の記事はここ。)Sさんに尋ねると、「もちろんハーフ。」U君も「今年は走る。(距離不明)」そこでO君をあおる。「10キロ走るやろ?」「いやいや。」「走ろうぜ」「考えときます。」私は、好調なら10キロ、ダメならイチワリマラソン(=4.2195キロ)。
 昼間。Fさん曰く、「デオデオで東芝のHDDレコーダ在庫処分してたぞ。49800円と59800円。買えや。」私が「消費大魔王」(←なんじゃそりゃ)なのを知っているFさんは、時々こうやって私をあおる。
 夕方。大洲ツアー反省会議。3:50〜5:00。 会議終了後、FさんとO君が碁を打っている横で、3課課長の"星降る街角"Kさんから「長かったのぉ」と言われたが、1課の会議の時は、私の「身体」がリラックスしているので、少しくらい長くても疲れない。一方、水曜の会議の時は「身体」がこわばっているのがよくわかる。そうはいっても最近は水曜も楽にはなってきているが。
 自席に戻り、漢字検定の勉強をしながら、明日の講演会でしゃべらなければいけない3人をイジる。毎年の恒例行事ではあるが、3人のうち2人は今年が初めてなので、若干不安そう。「明日3時半からなん?じゃあ、3時くらいに会場の近所で手振ってあげるわ。」「一緒に来てくださいよぉ。」「やだ。」「6課のSさんが『SYさんに一緒に来てもらったら?』って言ってましたよ。」…また、よけいなことを(笑)。
 隣の部屋へ行ってみると囲碁の感想戦が続いていた。その終了後、財布を見てみると63000円入ってた。「デオデオ行ってこいや」相変わらず煽るFさん。
 自席に戻るとS君とY君がいた。今年のウチの会社の居残り組は主に5課に集中しているが、現在、5課のメンバーは北海道へ行っているので、今の居残り組筆頭は彼ら2人である。3人で、無駄話&無駄じゃない話。「今日の『ドラえもん』、『ドラえもんだらけ』なんやけど、それ観るために家帰るってのもなんだかなぁ。」とか、「明屋空港通が崩壊してるよね」とか(=正確には改装工事のためプレハブ仮設店舗になっているのである)、「でもCD観たい時は宮脇じゃダメだからなぁ」とか、「沢田研二のアルバムが1枚2000円で全部再販されててさぁ」とか話しつつ、7時15分に退勤。無駄じゃない話は書けないので書かない。
 で、デオデオ到着。
 2F、DVDレコーダ売り場。確かにRD-XS36が49800円、RD-XS46が59800円。私が今持ってるのはRD-XS40、当時138000円。印象としては、機能で3倍パワーアップ、価格で3分の1。よっぽど買おうかと思ったが、下調べが不十分なのでやっぱり買うのは保留。
 1F、CD&DVD売り場。沢田研二アルバム21枚(=計42000円)が並んでいた。いっぺんに買うのはさすがに躊躇われ、5枚購入。以下のとおり。
 思いきり気障な人生(1977/11/15) さよならをいう気もない、勝手にしやがれ、サムライ、憎みきれないろくでなし
 今度は、華麗な宴にどうぞ。(1978/8/10) ダーリング、ヤマトより愛をこめて
 TOKIO(1979/11/25) TOKIO、ロンリーウルフ
 MIS CAST(1982/12/10) 背中まで45分、ジャストフィット、ミスキャスト
 NON POLICY(1984/6/5) すべてはこの夜に、渡り鳥はぐれ鳥

 この中だと、最後の2つはリアルタイムでアルバムそのものを覚えている。(もちろんそれ以前のものも、シングル曲は当然身体に染み付いている。)とりわけ「MIS CAST」は全曲井上陽水であり、当時、ちょい後の安全地帯とともにかなり聴き込んだ。(もちろんレンタルで。)「NON POLICY」の方は、シングルの「渡り鳥はぐれ鳥」がジュリーっぽくなくて、やだったが、佐野元春の「すべてはこの夜に」はかっこよかった。(後に吉川晃司も唄っている。)

 帰宅。東芝のRDシリーズのサイトを調べると、新製品RD-XS37とRD-XS57がもうすぐ出るらしい。うーん、やっぱり即買いしなくてよかった。
 昨日の「音楽・夢くらぶ」(NHK)を視聴。工藤静香と世良公則。工藤静香は相変わらずしっかり唄っている。しかし、キムタクの嫁にはみえない。逆に、キムタクを見ても工藤静香のダンナにはみえないし。
 世良公則は、ずいぶん落ち着いた。世良いわく、「『あなたのライブはパワフルであるけども感動できない』と言われてから歌い方が変わった。」うーん、なるほど。あの当時(1977〜79)のマイクスタンドパフォーマンスは、あれはあれで迫力はあったが。

1 抱いてくれたらいいのに(1988)工藤
2 あんたのバラード(1977)世良
3 嵐の素顔(1989)デュエット
4 銃爪(midi)(1978)世良
5 月夜の砂漠(2005)工藤

 1は今でも安心して聴ける。2はアレンジし過ぎ。やっぱり昔の歌い方の方が良かったような気が。3は結構いい感じ。デュエットと言ってもオッサンとオネエチャンのカラオケソングとはまったく違うプロの迫力。4はノーマルアレンジなのでただ懐かしい。謎なのはバックバンドに野村義男がいることだ。田原・近藤が音楽やめたに等しい中、彼は本当にギターが好きだったんだなぁ。5はシングルではないようだがどっかで聴いたことがあるような気がする。CM曲ではなかろうか?

2005/06/09

探し物は見つけにくい物

 今朝から5課の人々が北海道ツアーに出かけたので、見送りのために6:45出勤。その後、Word講座×4。コンピュータルームの作りがあまりよくなく、講師席が教室中央なので受講者全体を把握するのが難しく、大声を張り上げざるをえない。疲れたので5時過ぎには退勤。
 とある探し物があったが、見つからずじまい。かわりに今まで行ったライブやプロレスのチケット半券を大量に発見。一つ一つに思い出はあるがそれらを書いてると徹夜になるのでやめて今日はもう寝る。

2005/06/08

木綿(きぬごし)のハンカチーフ

 というわけ(直前の記事参照)で、仕切り直し。
 まちぶせ(1981)石川ひとみ。やはりこの曲はこの人の方がよい。ユーミンだと、なぞの振り付けにせよ、歌声にせよ、不気味。石川ひとみといえば「プリンプリン物語」(NHK人形劇。1979〜1982)がどうしたこうしたとか言い始めると話が長くなるのでやめる。その後、松本ちえこ→リリーズ。
 我が良き友よ(1975)ムッシュかまやつ。あらら、こないだ書いたばかりだが。小田和正となら裏を唄うが、こういう番組では表を唄わざるをえないのね。
 みずいろの手紙(1973)あべ静江。松田聖子がマネしてたのなら聴いたことあるが、本物は久々に聴いた。その後、あいざき進也。
 木綿のハンカチーフ(1975)太田裕美。関係ないが、おとといの「ファイブリーグ」で間寛平が「木綿」を「きぬごし」と読んでいた。どうも最近日本語が使えない日本人が多すぎる。こんなニュースもあった。<日本語の語彙力>私大生の19%「中学生並み」
 曲に戻る。この曲は歌詞のストーリー性の明確さではどの曲にも勝るのではないだろうか。世の中には、ただ大声でがなるばかりだったり、抽象的だったり、英語ばっかりだったりで、わかりにくい曲が多いが、やはり私はこういう曲が好きである。
 その後、城みちる→アグネスチャン→中条きよし。アグネスチャンだけ3曲も唄ったのが謎。
 星降る街角(1977)敏いとうとハッピーアンドブルー。本物はこんなにあっさりした曲だったのか。この曲は同僚Kさんの持ち歌だが、Kさんが今までいかにデフォルメして唄ってたかということが、今日初めてわかった。
 別れても好きな人(1979?1980?)ロスインディオス&シルビア。目つぶってても唄えそうだが、こんな曲唄えてしまう小学4年生(=当時の私)って嫌かも。シルビアが当時に比べて年とった感じがしないが、昔から老け顔だったということかもしれない。ちなみに「氷雨」の日野美歌も同じ。
 おもいで酒(1979)小林幸子。目つぶってても(以下省略)。今日は紅白ではないので衣装は普通。その後、本郷直樹。
 黛ジュン→じゅんとネネ→辺見マリ→日吉ミミ→山本リンダ→大信田礼子→渚ゆう子→小川知子→中村晃子→欧陽菲菲。
 以上の人たちは、1970年前後で、私のリアルタイムからは外れ。 辺見マリは歌手というより、えみりママだし、日吉ミミは榊原郁恵がモノマネしてたのしか知らないし、小川知子の歌といえば「忘れていいの」(1984)だし、中村晃子の歌といえば「恋の綱渡り」(1980)である。
 というわけで、今日の収穫は、「まちぶせ」と「木綿のハンカチーフ」であった。

PC-9821Be

 今日も臨時で営業。その後、10:40から会議。定刻になっても会議室に行こうとしない私に「行きますよ。」と声をかけてくる隣のSさん。わたしゃ、不登校児かい。
 会議は普通に終了。しかし、来週のこの時間が会議ではなく新人研修になってしまったので、自分の営業とそれとで来週も忙しそう。
 昼食時。昨日のW君とTさんと一緒になり、Oさんの話に始まって、11年前のWordExcel講座の思い出話。今でこそその講座は私が一手に引き受けているが、当時は社員20人前後でチームティーチングだった。コンピュータルームは存在せず、社内のあちこちに散らばっていたコンピュータを普通の部屋まで運んできて、1週間の集中講座。時代はWin3.1とWin95の境目で、使っていたマシンはPC9821Beが27台。CPUは486SX25メガヘルツ、HDDは120メガバイト、メモリは忘れたけど16メガか32メガか?この10年ほどの進化はあまりにも大きい。
 昼から帰宅。初代タイガーのDVDを観てるうちに睡眠。目が覚めたら20時前。テレビをつけたら、サッカーをやってた。が、大きな声ではいえない(ので大きな字で書く)が、私はサッカーにまったく興味がない。ので、チャンネルを変えたら、あ、堺正章と井上順がでてる。こないだの第2弾だ。19時からだったのに録りそこねた。急遽、録画。

(本文はまだ続く。この後かなり詳しくこの番組の感想を書いていた。が、お茶をひっくり返してしまい(←またかよ)むき出しのハードディスクにお茶がかかる。顔面蒼白になったが、なんとか復旧。続きは別立てで書くことにする。)

2005/06/07

……

 今日は営業無し。しかし3Fからのデータベース修正の依頼とコンピュータルームのコンピュータのメンテと1Fからのデータベース修正の依頼とで1日終了。
 朝、Tさん現れる。「ダジャラーってだれじゃ?」……。
 昼、W君情報3つ。
「Oさんは、昔、コンピュータの講義をしてた時、BackSpaceキーの説明で、『BSといっても、衛星放送でありません』とか言ってましたよ。」……。
「Oさんは、昔、コンピュータの講義をしてた時、Deleteキーの説明で、『文字を消す時はデリートキーでデリケートに』とか言ってましたよ。」……。
「Oさんは、昔、コンピュータの講義をしてた時、『フロッピーディスクドライブにフロッピー入れてください。……ドライブって言っても運転するんじゃないぞ』とか言ってましたよ。」……。
 夕、Sさんから依頼。
Sさん:「ほんとは行かなくていい日やけど、来週の水曜、営業に行ってくれん?」
私:「水曜って、昼前に会議のある日ですよねぇ。行きます、行きます。」
Sさん:「午後から休みだったと思うが、午後までかかっても、かまん?」
私:「いいです、会議さえ出なくていいなら。」……。

2005/06/06

「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」を聴いた

 なおも「風のようにうたが流れていた」から第5話。ゲストはムッシュかまやつ。GSの隆盛も、生まれる前なので実はよく知らない。が、ジュリーファンだし、「西遊記」は見てたし、夜ヒットも観てたから、タイガースとスパイダースと、あとテンプターズくらいはわかる。前も書いたかもしれないが、タイガースの82年の再結成時(中1)には「色つきの女でいてくれよ」を一生懸命覚えようとしたものだ。
 が、堺正章や井上順に比べて、ムッシュかまやつ個人がどういう人かは全然知らなくて、先週の木曜の「うたばん」で清水ミチコが森山良子のまねをしながら歌った歌を聴いて、彼と森山良子がいとこ同士というのもはじめて知った。
 「ノー・ノー・ボーイ」や「バン・バン・バン」は知ってたけど、この後「我が良き友よ」を演らないのが小田とムッシュのへそ曲がりなところだ。この曲は、私の近所でいうと、Sさんの持ち歌である。ただし、彼は忙しい人なので、年に1回か聴けるかどうかというところなのが非常に残念である。
 で、彼らは「我が良き友よ」のB面を演った。それが「ゴロワーズを吸ったことがあるかい 」(1974)であるが、この曲の知名度はどのくらいなんだろうか?とにかく小田も言ってたが、初めて聴いてぶっ飛んだ。陽水の「最後のニュース」の歌詞の詰め込み方に近いものがある(いや、こっちの方が古い。)が、何にせよぶっ飛んだ。
 そして歌詞の中でこの部分を見たとき、(あぁ、オレが思ってたことは、もう30年も前にここに書いてあったんだなぁ)と思った。

君はたとえそれがすごく小さな事でも
何かにこったり狂ったりした事があるかい
たとえばそれがミックジャガーでもアンティックの時計でも
どこかの安いバーボンウイスキーでも

そうさ何かにこらなくてはダメだ
狂ったようにこればこるほど
君は一人の人間として幸せな道を歩いているだろう

 今日のブログは異常に長い。このDVDBOXだけで相当書ける。が、明日から貸し出しである。

「竹田の子守唄」を聴いた

 私は世の中のたいていのことには興味がない。ここでハッキリ言ってしまうのもどうかと思うが、「世のため人のため」という発想が実はない。自分が楽しけりゃそれでいいと思っている。他人もきっとおのおのが楽しければそれでいいと思っているだろう。だから好き勝手にしたいと思っている個人個人が、互いにぶつからないように気をつけてさえいれば、それが一番いいと思っている。だからこのブログでは社会がどうの政治がどうのというような、あんまり小難しいことは書いてこなかった。
 
 こないだ本屋に行ったら、「放送禁止歌」(知恵の森文庫)という本が目に留まった。そこには「竹田の子守唄」が取り上げられていた。買いはしなかったがそれなりに立ち読みをした。歌謡曲に目覚めたのが1976年(昭和51年。私は小学1年生)である私は、「竹田の子守唄」(赤い鳥のデビュー曲としては1970年6月)と言われてもすぐに詞と曲が思い浮かばなかったが、正直、その本で歌詞を見たときに、(なんでこれが放送禁止?)と思ったのである。

 家に帰り、「風のようにうたが流れていた」DVDBOXを観てみると、第4話のゲストは山本潤子(赤い鳥→ハイファイセット)。そこで彼女はしっかり「竹田の子守唄」を唄っていた。それを聴いた時の私の最初の感想は(上手い。)の一言であり、次に(どうしてこの曲を唄ったらいけなかったんだろう?そしてどうしてこの番組では唄ってもよくなっているのだろう?)であった。
 部落問題はわからない。部落問題にまつわる記憶が2つある。
 その1。小学校6年の時、登校拒否になった担任が、朝、その日の課題のプリントを配るためだけに教室にやってくる。その課題のプリントの中で「水平社の歴史について詳しく調べてかけ」という課題があり、かなりがんばって書いたような気がする。
 その2。中学か高校かどっちかの時。私より2つ下の妹が、何かで反抗したのだろうか?、「江戸時代の「士農工商」のさらに下に位置する身分を表す単語」を、親に向かって大声で吐いた。それを聞いた私は「そんな言葉は使わん方がええんちゃうん?」と妹に言った。母親も怒ったのだが、あとで私が母になぜ怒ったのかを聞いてみると「信じられないような大声でわめいたから怒ったのだ」と母は言う。そこで私は、母に、妹が吐いた言葉はこれこれこういう言葉だから他人に言うような言葉ではないと思う、と言ってみた。すると母は、私はそんな言葉は聞いたこともないし学校で習った記憶もない、と言った。それを聞いたとき、私は、自分は部落問題とか差別のこととか習ったことがあるのに、どうしてお母さんは知らないんだろう、と思った。ちなみに母は1945年生まれである。

 もう一回言うが、正直わからないのである。まじめに勉強してないお前が悪いのだ、といわれりゃそうかもしれないが、自分の問題としてとりあげるにはあまりに実感がなさ過ぎる。しかし、被差別部落の問題にせよ在日朝鮮人差別の問題にせよ、じっさいにそれらの人たちと接する機会があれば、そのことを理由に差別するようなことは私はしないと思う。
 プロレスラーで言えば、力道山はむろんのこと、長州力や前田日明など在日韓国人/在日朝鮮人レスラーはたくさんいる。が、そのことと彼らのリング上での活躍は無関係だろう。かつて北尾光司は長州に「在日のくせに」みたいなことを言ったことがあるらしいが、それは北尾が頭が悪いだけのことだろう。
 結論はない。が、やむを得ない。ただ、山本潤子が唄う「竹田の子守唄」は絶品だったともう一度書いておこう。

参考
二つの「竹田の子守唄」とメッセージ・ソング(1)

17:00の営業1課(イニシャルトーク全開)

 内輪ネタもどうかとは思うが、しかしこないだの続きである。
 今日もだるさが抜けぬまま、午前の2時間の営業は久々に崩壊。お客さんがちっともこちらの説明を聞いてくれなかった。しかし午後の2時間はスムーズに展開し、沈んでいた気持ちがやや浮上した。
 16:00から会議。どうも最近、同じような話が多い。私が常々言うことの一つに「主語をはっきりさせろ」というのがあるが、今日の話も「だれが」というのがみえない話だった。
 会議の前後、議長Sさん曰く、「八幡浜まで日帰り出張はしんどいっ!アンパンマン列車でちょっとなごんだけど。一緒に行ったSさん(別名Rちゃん)は、降りた後も陸橋の上から名残惜しそうに眺めてた。」…やっぱりみんな忙しそうである。
 夕方、例によって1課は馬鹿話。Oさん曰く、「なんでワシが『脱げば?』って言うた話、みんな知ってるんやろ?」…ここに書いてるからである。
 そしてその話を読んだある人が、「脱ぐ時は(見に来るから)呼んでくれ」と言ったとか。長年、アホじゃないと思ってたのに、アホだったか?それとも今日の決算でトラブったせいで疲れてたか?>Fさん。
 その後、馬鹿話だけではなく、仕事上のまじめな話もしつつ、隣のTさんから、「『隣のTさん』て書いたらすぐわかるじゃないですかぁ」と言われる。ごもっとも。
 さらにその後、筋向かいのY君が、「Yさんは車運転してて、前の車のナンバープレートで遊びますか?」と聞いてきた。「4桁の番号の前半と後半で2けた−2けたの引き算」、「おなじく両者の最大公約数」、「4つばらばらにして、加減乗除で答えを10にする」、あたりは、Y君もやると言ってたが、私が、「4つの数を3次式の係数と見なして微分する」と言うと、「それはマニアック」と言われてしまった。マニアック結構。
 次に、「『社内有数のダジャラー』といえば誰か?」というのが改めて話題になり、彼と私の間では、「Nさんもそうだが、やっぱりOさんだろう」という結論に落ち着く。そこで、ちょうどその場を通りかかった当のOさんに、「Oさんがダジャレでは社内一ですか?」と聞いてみると、「Tさんには勝てん」との答え。そうか、メインフロア中央のTさんが、ダジャレナンバーワンか。

業務連絡1 隣のSさんへ。来週と再来週の月曜日の8:35から使用する資料について。私に来週の方を作らせてください。
業務連絡2 1FのOさんへ。明日、一式取り揃えて持っていきます。

2005/06/05

祝55歳(本文無関係)

 大洲を挟む1週間ほどのクソ忙しさと心身両面の疲労からのリカバーに時間がかかっている。今日は他にも出勤している人たちや出張している人たちがたくさんいるので、別に忙しいのは私だけではないが。
 家で仕事しようにも、やらなければならない仕事が、OAルームの壊れたパソコン5台の修理なので、家でできるはずがない。その他、会社のWebのセキュリティの整備や、明日の営業で使う資料2000枚の印刷とか。印刷なんて、プロに任せた方が仕上がりがきれいなのはわかっちゃいるが、原稿の完成が間に合わなかった。
 てな、愚痴のような雑談のような愚痴を、2課のS君に聞いてもらったのはよかったが、その途中、こないだの「最悪のカラオケ」の話が出てきてしまった。だから、思い出さなくていいって。

2005/06/03

DVDを観る暇がありません

 早朝4時に悪夢と蚊に起こされてしまい、そのまま眠い目をこすりつつ出勤。今日は営業がないので、明日の営業で使う資料200枚のうち、まだできてない100枚をゆっくり処理しようと思ったが、8:40〜17:00までずっと、トラブったコンピュータの保守点検作業。自分の仕事をする時間、皆無。一人の相手しているところに、もう一人入ってきて、そっちにまわって、そっちが終わってもとの方へ戻ろうとしたら、別のが入ってくるという具合。およそ1ヶ月半ぶりの「一休」状態だった。
 そのなかで、最近滅多に話すことがなくなったSさんに呼ばれたので、(さあ、今から直していくかぁ)と思った直後、近所のTさんに「Yさん、ついでに私のもみてくれませんか?」と言われてしまい、「『ついで』でみる暇はありませんっ!」と突っぱねてしまった。反省その1。
 しかし、このままでは本当に明日の営業が成立しないので、5時過ぎにようやくiPodで耳栓して、(話しかけてくるなよ)状態を作り上げたが、それでもそれを乗り越えて尋ねてくるのは、55歳トリオの1人にして、社内有数のダジャラーのNさん。ものすごぉく無愛想にとりあえずの対応だけして、再び書類処理に戻った。反省その2。
 苦難を乗り越え、ようやく終了したので、iPodを耳から外し休んでいると、横のTさんが「暑い〜。」と言う。それに対してウチの主任のOさんが即座に「脱げば?」と言う。すると、「ここで『脱げば?』という発言をするのはセクハラかそうではないか?」という話になり、そこから馬鹿話へ突入。今年の1課のメンバーは、よくいえばノリがよく、悪くいえばアホである。
 DVDが届いたので早く帰宅して観ようと思ったが、結局退勤7:30。車のキーを社内に忘れたまま駐車場に来てしまった。しかも、もう社内には入れない。仕方がないので、Nさんに電話して玄関ドアを開けてもらった。

2005/06/02

amazon地獄

「風のように流れていた小田和正私的音楽史」を買ってきて読んだ。DVDの方はまだ到着していないが、本の方は、テレビの放映内容をほぼ忠実に再現したものであり、まさにタイトル通り「小田和正私的音楽史」であるが、それだけではなくGSやフォーク、ニューミュージック等、日本の音楽史についても言及されていて、資料的価値が感じられる。
 さらに今日は岩崎宏美のDVDシングル「ただ・愛のためにだけ」と、美里の「うたの木」の「冬」「春」「夏」「Gift」が到着した。最近出たばかりの「夏」には「渚のシンドバッド」や「涙の太陽」が入ってた。美里のイメージから言うと、「涙の太陽」はともかく、「渚のシンドバッド」にはびっくりである。
 ところで「『涙の太陽』を唄っているのは誰?」に対してどう答えるかで年齢がわかるが、読者の皆さんはいかがか?答えは5つ。1 エミージャクソン、2 安西マリア、3 田中美奈子、4 渚ようこ、5 メロン記念日。
 私の世代だと3。2と5も知ってる。ちなみに、山田優主演のCMでこれを歌ってるのは、川本真琴。川本真琴と言えば、彼女のファンだった11年後輩のH君@NHKは元気だろうか?NHKには友人や後輩が4人いるが、異動が多い会社ゆえ、ちょっと油断しているとすぐ連絡が取れなくなってしまう。
 
 今月末には「全員集合DVDBOX」も来るし、とにかくamazon地獄から抜け出せなくなってきている。

2005/06/01

心の平安が欲しい

 予定通り午後出勤。予想通り体はだるい。CさんやSさんやTさん(相変わらずCさん以外は誰だかわからない。)のパソコンサポート、および研究室の掃除などで過ごす。代休のはずだが何やってんだか。でもって、帰宅後もなかなか落ち着けない。
 amazon地獄にはまりつつあるが、その件は明日書くことにしよう。

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