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2006/06/25

松山行きフェリー

タイトルの元ネタが、村下孝蔵の曲名であることに気づく人はいるかもしれないが、あっちは広島発の石崎汽船であり、 こっちは大分発のダイヤモンドフェリーである。

ジョイフルにいる間に外はどしゃ降りになっていた。時間的には早いが、もうどこにも寄らずに、大分港へ直行。

2時40分。車を停め、雨の中、チケットを買いに行く。売り場が大きい。さすが長距離フェリー、メジャー感が漂う。
しかし、土産物売り場はさほど広くはない。たぶん松山観光港のほうが広い。そうはいっても徳島港ほど狭いこともない。 きっと別府観光港は広いのだろう。

2時50分。車に戻り、iPodを聴きつつ、車内の整理をする。

3時20分。音量を上げて聴いてたら、いきなりドアガラスを叩かれた。係りの人が「乗船しろ」という。まだ50分も前なのに。 さすが長距離フェリー。

誘導されるままに船内に車を進めると、車両甲板の大きなスロープの裏側に停めさせられた。こんなとこに停めて大丈夫なのか? 松山行きの車両は全部突っ込まされたから、松山でスロープが上がるのかな?

PCを持って、階段を2F分上がって、客室へ。

(おぉ、この船は、10年くらい前の職員旅行で伊勢志摩に行った時に、ちゃんと2等寝室をとっていたにもかかわらず、 みんなが一晩中食堂フロアで語り明かして結局寝室が単なる荷物置き場になった、あの船だ)

…相変わらず昔のことはよく覚えている。

で、その食堂フロア壁際の喫煙席(4人掛けテーブル)を独占できたので、電源も壁のコンセントからとって(←もし訴えられたら窃盗だが、何も言われてないから多分いいのだろう) 、このブログの記事を書きまくって…

現在、18:30。15:40から実に3時間弱、文章を書き続けている。おかげで暇を持て余さなかった。

この記事が終わったら、今度は明日の会社のブログの記事を書くが、3連休とあってさすがにあっちはネタが切れたので、 明日はこの旅行のネタである。

 

今回の下見旅行の総括

移動

楽である。連続乗車(運転)時間は、最大でも1時間を超えることはほとんどない。(超えるのは最初の松山→八幡浜くらい。) 去年の和歌山やおととしの城崎、あるいは3年前の松江に比べると、相当楽なはず。道幅も、マイクロバスで問題になるようなところはない。 今回の総走行距離は303キロ。
船を降りたら八幡浜ではなく松山なのは楽。ただし、伊予市や松前や砥部の人たちは遠くなるが。

…というわけで、毎年すいませんが、よろしくお願いします

3つの見学個所

臼杵では、歴史や文学について学んでもらいたい。そういうのが嫌いな人がいるのは知っているが。
豊後高田は、世代間で反応が分かれるところだろうが、一見の価値はあると思う。ちなみに69年生まれの私は、 3輪自動車はギリギリ覚えている。
湯布院は、男女で反応が分かれるところだろうが、私としては行っておきたい。ただ、街の中を観られなかったので、 どれくらいの時間をかけるべきか?

宇佐神宮は微妙。せっかく近所まで行っているのだからとも思うが、時程的に少し厳しいかも。

臼杵は自分で歩いたので大体の見学時間は読めたが、豊後高田と湯布院は読めない。昭和の町に来ていた観光バスの運転手さんに、 何時に来て何時に出発なのか聞いてみたらよかったかも。今度、代わりに聞いてもらおう。 よろしくお願いします。

食事・宿

これらはここ数年、お願いして外れたことがないので、今年もお願いする予定。

1日目の朝は自宅。昼は臼杵でフグ。夜はホテル。
2日目は、朝食はホテル、10時のおやつが湯布院、 昼食は昭和の町の中のどこかで各自。夕食は船の中で各自か、帰宅後。

 

まぁ、今年は何とかなるだろう。

 

さえ出なければ。

(終)

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