あそこの人々
もう何年もあの部屋には行っていなかったが、今日はどうしても意見を聞いてみたいことがあったので、行ってみた。
案件Aと案件Bについての意見交換が終わり、
私が訊きたかったのはその2つだけだったのだが、
なぜかその後、案件Cがスタート。
その話の最中。
「オマエは絶対に親より先に死んだらダメだぞ」
…。
「ボク死にたいんですけど」
と言った覚えは全くないのであるが?
先月体調不良からの軽いうつで死にたい気分だったのが、
Uさん経由でかなりの時差をもって伝わったものと思われる。
しかし、この人のこういう言い方を聴いていると、
(もしかしてオレ死んだほうがいいんかなぁ?)
という気になってくるのが恐ろしいところである。
夕方。配線工事業者との打ち合わせ。
それが終わるころ、OA室に行ってみると、
OA室の前に別の業者がいて勝手にドアを開けようとしている。
事情を聞いてみたら、
「入口のドアの鍵の調子が悪いので見に来た」
という。
確かに調子は悪かったのだが、だれが業者を呼んだんだろう?
だれが呼んでもいいのだが、
どうして部屋の管理者の私に何の連絡もないんだろう?
今日は飲み会があり、O君に現地まで来るまで送ってもらうことになっていたのだが、このままではこの業者の相手をしなければならないので遅れそうだ。
10日くらい前。
委員長O君が言った。
O:「Yさんもビアガーデン行きませんか?」
Y:「2006年問題以降、職場の人と酒飲む気力ないわ。」
O:「大丈夫ですよ。Yさんのキラいな人もいるけど、好きな人もいるから。」
…。いんのかよ。
しかし、仕事の都合でH君が行けなくなり、チケットが余ったというので、行くことにしてみた。
会場の農協会館に到着。
参加メンバー表を見て、遅めに会場に入って、
人々の着席状況を見て、自分の着席位置を決定。
たぶんここなら大丈夫なはず。
K:「Yさんを見てると計算とかの方が得意そうなのに、なんで前はああいう仕事やってたんですか?」
私:「日々の生活の中で、計算はしなくても生きていけるけど、言葉は使わずにはいられないやろ。」
自分の言いたいことを言葉できちんと他人に伝え、
他人の言いたいことを言葉できちんと理解する。
そんな人間でありたいし、
そんな人間になってほしいと思っていたのだ。
K:「そうですね。じゃあ、なんで辞めたんですか?」
私:「キラいな人がおったんよ」
…もうそれ以上ツッコんでこないで。
全体的には、O君の配慮のおかげでおおむね平和に終わったが、
ある人の、
「2006年問題?あー、そんなんもあったなぁ」
という一言で、気分が微妙に落ち込む。
私の人生のある部分を削りとっていった2006年問題。
だが直撃しなかった人にはその痛みはわからない。
でも私も他人に直撃した痛みは理解できないから、同じことだ。
とぼとぼと南堀端から徒歩で帰宅。
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