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2018/10/10

輪島大士はプロレスラー

輪島さんが亡くなった。

 

いろんな訃報記事が出ている中、私が最初に違和感を覚えたのは、

毎日新聞の、

輪島博さん70歳=54代横綱、「輪湖時代」築く

の記事中の、

角界を去った後はプロレスラーに転向したが目立った活躍はなく、およそ2年で引退。

 

え、その言い方はないなぁ。

たった2年だが、その間のインパクトはかなりあったはずだ。特に、対天龍源一郎。

 

 

と思っていたら、やっぱり、こんな記事が。

元横綱・輪島の訃報に「プロレスラー時代の実績紹介が少ない!」と不満の声(アサ芸プラス)

そんな輪島さんの訃報に接したプロレスファンからは「なぜプロレス時代の功績をほとんど報じないんだ!」との不満が爆発しているという。確かに第一報の時点で、ほとんどの報道では「プロレスラーに転身」という事実を紹介するのみ。まるでタブーなのかのごとくプロレス時代の実績には触れないメディアに、スポーツライターも疑問を呈する。

「輪島さんのプロレス転身は当時、相当な大ニュースでした。プロレスラーとしては不器用でしたが、38歳での転身とは思えない身を削るようなファイトは観る者の心を揺さぶったもの。同じく大相撲出身で前頭筆頭だった天龍源一郎とは殴る蹴るのゴリゴリで熱い試合を展開し、ファンからの支持を集めていたものです。また横綱時代には左下手投げを得意技にしていたことから、プロレスでは左腕を相手の首に巻き付けた状態から投げ捨てる『ゴールデン・アームボンバー』を開発。その技は今、のど輪から投げ捨てる『チョークスラム』へと進化し、国内はもちろん海外のリングでも広く使われる技となりました。活動期間はわずか2年に過ぎませんでしたが、『レスラー輪島』の存在はファンの脳裏に深く刻まれています

だが、多くの訃報記事ではそのプロレス時代をさらっとだけ紹介。むしろ「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」(日本テレビ系)での大ボケ発言など、バラエティタレントとしての紹介に多くの文章を割いているほどだ。

 

 

1969年生まれの私は、70年代後半の小学生時代は、大相撲を視ていなかった。

よって、相撲時代の輪島は覚えていない。相撲の最初のヒーローは千代の富士である。

 

いっぽう、輪島がプロレスラーだった1986年と1987年は高2高3。

土曜19時からの全日本プロレス中継でしっかり視ていた。

 

私にとっては輪島はプロレスラーである。その後の「生ダラ」も視てはいたけれど。

 

 

 

以下、今日の「スッキリ」から、プロレスラー時代の輪島。

(と、相撲時代の天龍。ちょっと飯伏幸太に似てなくもない)

 

20181010-194316-020181010-194408-020181010-194431-020181010-194454-020181010-194525-020181010-194624-020181010-194656-020181010-194800-020181010-194814-0

 

プロレスも一生懸命やった元横綱。

決して強くはなかったが、しかしプロレスをなめてはいなかった。

だから我々ファンは今でも、いい意味で覚えている。

合掌。

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