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2018年12月の10件の記事

2018/12/26

平和な年末と、力道山のライバルたち

23日(日)~26日(水)

 

基本的にずっと休み。

 

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部屋の大掃除をかなり徹底的にやった。

 

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久しぶりに鍋をやった。鍋用のカット野菜が売られていたので、とても楽。

 

 

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2回くらい会社に行ったが、仕事らしい仕事はなし。

時計のバンドがちぎれてしまったので替えバンドをAmazonで買って自分で交換

 

 

 

G+で、83年に放送された力道山の特集を視た。

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写真はルー・テーズだが、

その他、シャープ兄弟ブラッシーたちも、本人がインタビューに答えていた。

 

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若手を指導するルー・テーズとそれを見守るジャンボ鶴田

「若手」と言ってみたが、後のメインイベンター、三沢光晴

中央に冬木弘道も写っているが、後の2人が誰かはわからなかった。

 

 

最後は、馬場の盟友でもあるが、力道山のライバルでもあるこの人。

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さて。明日もゆっくりして、明後日は実家へ。

2018/12/22

T02(46-23)●

21日(金)

10:30~12:00

臨時営業終わりのTさんを待って、囲碁7月大会の決勝。

…。

7月大会って。

 

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私が黒。まあまあ無難な立ち上がり。

このままだと上辺が大きいが、今からどうにかする。

 

 

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打っていた1時間半の間、基本的には私がずーっとペースを握っていた

右下に入られたのはしゃくだが、下辺は黒地のはずなので、打てる。

 

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しかし、左辺の黒地をかなり削減されてしまった上に、

取っていたはずの下辺から中央が、まさかの、セキになってしまった。

 

これでは勝てない。

悲しい気持ちのまま、いちおう終局まで打った。

 

 

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そして終局。

 

ここでTさんから、衝撃の発言が。

T:「そこの白石、取ってや」

私:「え!!セキですよ」

T:「…あ、セキか。」

私:「…気づいてなかったんですか?」

T:「うん。もうとられてると思とった」

 

…。

私より上手のはずのTさんが、セキに気づいてないまま打っていたとは。

ともかく、

46VS23で、負け。

 

その後、もしセキではなくて取れてたならとして、数え直してみた。

しかし、1目だか2目だかの差で、それでも負けだった。

 

Tさんとも互角に戦えるところまではきたが、勝ち切ることはなかなかできない。

2018/12/21

別冊近代映画 河合奈保子スペシャル PART3

前回の記事に書いたが、

かつて近代映画社から発売された河合奈保子さんの写真集が、順次、電子書籍化されることになった。

 

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左の写真は、昨日購入して、iPadで表示させた電子書籍版。

右の写真は、去年ヤフーオークションで買った実際の紙の本。

 

 

電子書籍版には、表紙に書かれている「特別付録ポスター」は付属しないが、

紙の方には付属している。

このポスターがあるとないとでは、中古価格がかなり変わるようである。

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デビューして3年目の82年の写真集。

当時中1だった私は、しかしこの時点では彼女ではなく中森明菜さんのファンだった。

 

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ロングインタビューでは、

あこがれの歌手として、所属事務所の当時の先輩である岩崎宏美さんの名前をあげている。

そして、事務所の先輩には、西城秀樹さんもいた。

彼女は、「西城秀樹の妹コンテスト」がデビューのきっかけである。

 

 

奈保子さんは歌わなくなってもう何十年も経つが、

宏美さんと秀樹さんはつい最近視た気がする。

 

別記事に続く。

先輩たちのデュエット-「決定版!日本の名曲グランプリ」よりー

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TBSや日テレならやっているが、

テレ朝ではあんまり視た記憶がない、昔の歌謡曲を振り返る番組。

 

大下アナが出ているのでテレ朝には違いないが、

徳光さんがでているので、”歌番組感”はある。

 

 

 

全体的には、70年代を推したいのか80年代を推したいのか、今ひとつはっきりしなかったが、

 

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河合奈保子さんの先輩2人の素晴らしい歌声のデュエットが見られたので、それだけでよい。

 

この映像をスタジオで見ていた宏美さん自身も言っていたが、

この映像だけ視ると、

とても合成には見えず、本当に並んで歌っているかのようである。

一番下の写真では秀樹さんのもしっかり写っている。合成映像なのに。

 

そして、「ブルースカイブルー」は、名曲。

2018/12/19

河合奈保子さんの写真集その1

19日(水)

こんなニュースを見た。

河合奈保子さんの「伝説のビキニ」が36年ぶりに蘇る! 古本屋で4万円超の写真集が電子書籍化して明日20日(木)より配信開始~石破茂氏も「こんな妹がいたらいいなと思った」と大推薦

 

ぜひリンク先で見ていただきたいが、満面の笑みで電子書籍を紹介する石破茂氏の写真。

 

河合奈保子さんを特集した別冊近代映画は、1981~86年の約5年間に全7巻が発行されました。小学館では、「別冊近代映画 河合奈保子スペシャルパート 3」を皮切りに、全7巻を電子書籍化して続々と配信するとしています。

【配信スケジュール】
2.別冊近代映画 河合奈保子特集号 (2019年1月4日配信)
3.近代映画増刊 河合奈保子フォトメッセージ (2019年1月11日配信)
4.NAOKO IN BANGKOK 河合奈保子写真集パート4 (2019年1月21日配信)
5.NAOKO IN AUSTRALIA 河合奈保子写真集パート5 (2019年1月28日配信)
6.奈保子 河合奈保子写真集パート6 (2019年2月4日配信)
7.NAOKO TRANS AMERICA 河合奈保子写真集パート7 (2019年2月18日配信

 

私は、80年代の発売当時にすでに買っていたものも数冊あるが、

去年から今年にかけて、持っていなかった写真集も、ヤフーオークションですべて購入している。

上記リンクの「古本屋で4万円超の写真集」も頑張って買ったが、

ヤフオクではそこまではせず、10000円位だったと思う。

 

電子書籍は明日配信開始なので、明日もう一度、実際の本と電子書籍を並べた写真をアップしてみよう。

2018/12/17

改装後のキスケに行った

15日(土)

毎年恒例の13日と15日の誕生日イベントを終え、だいたい今年も終わった。

 

夜は、会社の忘年会に何年かぶりに出席した。

20時過ぎ頃の副社長の締めの挨拶で、

いきなり来年5月の仕事を言いつけられたので、

大声で苦笑したが、

笑ったのはほぼ私だけ。

 

どうやら、元号が変わることによって新たな仕事が増えるのは、

私一人だったらしい。

 

私の仕事はプログラマー。

 

 

 

その帰り。

帰り道といえなくもないところにキスケがあったので、行ってみた。

キスケ KIT

改装後は初めてだったので、中に入ってから少々迷った。

全体的にかなり大きく見た目は変わっていたが、

基本的には以前と同じ場所にカラオケボックスはあった。

 

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一番下の「時の過ぎゆくままに」が1975年。

次の「大阪ラプソディー」が1976年。

かつてのヒット曲は年を超えて流行っていたものも多いので、リリース年とはズレている曲も多いが、

基本的に1年ずつ新しくなっていって、

「はがゆい唇」の1992年まで。

 

その後は適当に好きな曲を歌って、3時間で計28曲。

 

やっぱり、飲むよりも、歌うほうが、幸せである。

2018/12/13

大河とか特撮とかの視すぎにより

11日(火)

帰宅後、なんとなく番組表を眺めていたら、

TBS新春大型時代劇スペシャル「織田信長」

というのをやっていたので、録った。

 

18時からの放送だったが、残念ながら気づいたのが遅かったので、19時過ぎからしか録れなかった。

本放送は1989年1月1日なので、ほぼ30年前ということになる。

 

 

ウィキペディアの同項目の記事によると、史実とはずいぶん違う部分もあったようだし、

本編のラストが、

安土城の中でみんなの前で信長が敦盛を舞っているシーン

(NHK大河の竹中直人の「秀吉」のラストも、同じような雰囲気の秀吉が舞うシーンで終わったはず)

だったとか、細かいことを言えばいろいろあったが、全体的には面白かった。

 

 

キャストも豪華だが、何せ30年前のドラマなのでその意味では時代を感じる。

あるいは、

私が子どもの時に各種の特撮や独眼竜政宗やその他いろんなテレビを視すぎているせいで、

いろいろ間違った印象で見てしまう。

 

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朝倉攻めの真っ最中の信長と家康だが、

独眼竜政宗のときは義理の親子だったので、どうしても、真田広之が家康に見えない。

2018/08/08 家康さんが亡くなった

 

 

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根津甚八が浅井長政で、加納みゆきがお市だが、

とくに根津甚八の長政には違和感。

なんとなくのイメージでいえば、真田広之が長政で根津甚八が家康のほうが、しっくりくる

そして、根津さんは既に亡くなり、加納さんは随分前に女優をやめたらしい。

 

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長政の父の久政は、丹波哲郎

丹波哲郎は、帽子かぶってコートを着て他の人達と一緒に横一列になって歩いている人である。

 

 

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信長の服装がいわゆる信長独自スタイルになっているのでほんとうは納得しなければならないが、

しかし、渡辺謙が武将の姿であるにもかかわらず右目に眼帯がないことに、やっぱり違和感。

 

そして、篠田三郎は明智光秀だが、これもあんまり光秀な感じがしない。

もちろん、劇中で「タロウっ」と叫んだりもしない。

 

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斎藤道三と義龍の父子の争いのくだり。

道三は松方弘樹、重臣の堀田道空は長門裕之

安定感と重厚感。

 

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義龍からの伝言を道三に伝える武将は長井隼人というらしい。

演じているのは、画面を見なくても声だけでわかった宮内洋

彼の武将姿にはかなりの違和感。

もちろん、V3にもアオレンジャーにもズバットにもビッグワンにも変身はしない。

 

 

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もうひとり、声だけでわかったのが、物語終盤ででてきた、お市の侍女役の、南田洋子

 

 

そしてこのドラマのナレーターは緒形拳

 

この30年間で亡くなった名優のなんと多いことよ。

平成が終わる。

2018/12/09

PC組み立てとティラノザウルス

8日(土)

午前中休みだったので家で書類処理などをしていたが、機械式腕時計が20分もずれていた。

家を出るときの車内の時計で気づき、あわてて出発して、12時38分に会社到着。

 

 

今日は、自作PCの組み立てというイベントがあるので、その準備をして客にパーツを渡して、しばらく待機していたら、とある客が呼びに来た。

 

某:「CPUファンがありません」

私:「あ?」

 

最近自作してなかったので気づいていなかったが、

そういえば、アマゾンで注文したCPUの箱がずいぶん小さかった。

昔はCPUを買ったらファンもセットになっていたのだが、最近はファンは別売らしい。

 

急きょ、何年かぶりにアプライドまで、買いに行った。往復1時間。

 

その後も10名ほどの客たちが、

なんやかんやいいながら組み立てたりWindowsのインストールをしたりしていたが、

1人、組み立てに慣れている客がいたので、

私は特に何の助言をすることもなく、17時過ぎ終了。

 

 

9日(日)

自宅引きこもり。

ワールドタッグリーグの決勝戦を見たり、その他あれこれ。

夜は一つよいニュースがあったが、詳細省略。

 

 

ネットを見ていたらこんな記事が。

Wordに全人類待望の“暴れ回るティラノサウルス”表示機能が追加 「虚構かと思った」「退職願に入れたい」

 

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ちょっとおもしろいけど、使い道はわからない。

おそらく、「全人類待望」の機能ではない。

2018/12/06

爆弾小僧の死

昔読んでとても面白かった、ダイナマイト・キッドの自伝。

既に処分してしまったが、いまアマゾンで見たら、8800円にもなっていた。

 

 

というわけで、爆弾小僧こと、ダイナマイト・キッドが亡くなってしまった。

 

ワシントン・ポスト紙「ダイナマイト・キッド、60歳の誕生日に死す」米でも大きく報道

ダイナマイト・キッドさん死去 初代タイガー「悲しみに暮れています」

初代タイガーマスク、故ダイナマイト・キッドさんへ「ダイナマイトがいたからタイガーマスクがいた。運命的な出会いでした」

60歳死去“爆弾小僧”ダイナマイト・キッドさん孤高人生 好敵手・藤波明かした「別の素顔」

 

後に全日本に参戦し、みちのくのリングにも立ったが、

やはり、キッドのライバルと言えばタイガーマスクと藤波。

 

 

彼について私が以前に書いたのは、

2016/10/12 1981年4月23日から、35年半

 

ステロイドのやりすぎで若くして引退し、車椅子生活になってしまっていたが、

それにしても60歳での死は早い。

 

 

久しぶりにタイガーマスクの日本デビュー戦を視てみることにしよう。

合掌。

2018/12/04

じっとしていた

30日(金)~3日(月)

この時期に、なぞの4連休。

2003年以降、

問題が発生した2006年と骨折した2015年以外は、

必ずどこかへでかけていたが、

今年は有意義な過ごし方がわからないので、ほぼ引きこもっていた。

 

3日は、会社に置いておいた書類のチェックをしなければいけないと思い出社したが、

OA室にも実習室にもその書類がない。

自分の車のトランクに入れたのを忘れていた。

若干危なかったが、セーフ。

 

 

4日(火)

営業再開。

年末進行が開始して、激忙とまでは言わないが、なかなかの忙しさ。

しかしまぁ、あと2週間もすれば今年もだいたい終わる。

 

できるだけ他人と関わりたくないのだが、そういうことを言う人は生きていてはいけないらしい。

しかし、私は静かに暮らしたい。

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