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カテゴリー「プロレス・格闘技」の593件の記事

2018/07/18

7月16日 マサさんがいなくなった

16日(月)

 

暑い。

が、先週の豪雨やここ数日の熱中症などで亡くなった人たちのことを思うと、

生きているだけでありがたいことである。

 

午前中は出社したが、暑すぎるので午後はすぐ帰宅。

こんな気象状態で東京オリンピックなんかやって大丈夫なのだろうか。

 

 

 

夜はG1の3日目札幌大会を視たが、

…。

初日同様、メインイベントのジェイ・ホワイト(VS棚橋弘至)が、どうしたものか。これでいいのか?

 

 

さて、それよりも。

1964年の東京オリンピックに出場した選手が、亡くなった。

 

マサ斎藤氏死去=元プロレスラー、75歳(時事通信)

マサ斎藤さん壮絶リング秘話 来年2月の復帰目指し懸命のリハビリ(東スポ)

マサ斎藤さん訃報に長州力ショック「言葉が見つからない」(東スポ)

坂口征二氏「マサ斎藤さんは男気にあふれた人間だった」(東スポ)

武藤敬司、マサ斎藤さん悼む「一番話が合う大先輩だった」(スポニチ)

盟友のカブキ語った マサ斎藤さんがフロリダ時代に編み出した必殺技の秘話(デイリースポーツ)

マサ斎藤さんを追悼 WWE全米生中継冒頭で(日刊スポーツ)

 

1987年の巌流島での猪木戦は、テレビで視ていた。

昨日の「めざましテレビ」でこの訃報が報じられたとき、三宅アナが、

「3時間を超える熱戦」と言っていたが、正確には「2時間を超える熱戦」である。

まぁ、史上最長かそれに近いことは間違いない。

巌流島実況のテレ朝・保坂正紀氏 マサ斎藤さん偲ぶ「死闘はあの人の意地」(デイリースポーツ)

 

 

1990/2/10の東京ドーム大会でのラリー・ズビスコからのAWAヘビー級王座奪取は、現場で観ていた。

あの日一番盛り上がった瞬間だったような気がする。

追悼・マサ斎藤さん、28年前の闘強導夢で成し遂げた日本人プロレスラー2人目の快挙(リアルライブ)

 

 

そして、90年代のワールド・プロレスリングでの、

辻よしなりアナウンサーとのまったくかみ合わない実況は、

テレビで視ていた。

天国のマサさんへ(辻よしなりオフィシャルブログ)

 

 

ベイダーも最近亡くなったし、よく知っているレスラーたちが亡くなっていくのはとても残念である。

2018/07/15

7月15日 ボランティアのような仕事のような

15日(日)

家にいると、仕事しないので、

10:00 出勤。

 

~12:00 OA室で書類チェック。

 

12:00~16:00

海外出張用のカラー印刷書類の大量印刷という、

ボランティアのような仕事のようなボランティア。

 

担当の某同僚とともに、作業。

  • とじしろの設定がやや微妙。
  • カラー画像が多いので紙詰まり頻出。
  • A5という普段使わない用紙サイズ。

 

等の問題が生じつつも、約40部の印刷を終了。

思っていたよりは早く終わった。

 

 

しかし、その作業途中。

OA室のプリンタは2台とも大容量ビジネスインクジェットだが、

導入から2年数カ月経ち、ついに、

黒インクがインク切れ間近

との表示が出た。

 

これでは決算作業日に印刷ができない。

急きょ業者に補充依頼のメールを送ったが、間に合うかどうか。

 

 

ともかく、16時前にはいちおう印刷作業は終了したので、即帰宅。

 

 

 

作業前に、ビールと桃をいただいた。

仕事のようなボランティアのような仕事なので、気遣ってもらう必要はなかったのだが。

 

私の中では、ビールと言えばこの人である。先日の飲み会でもごきげんであった。

が、私自身は、1年に1日、アルコールを摂取する日があるかどうかという生活。

 

そして、私のここ二十年くらいの生活では、めったに果物も摂取しない。

さすがに愛媛なのでみかんは口にすることはあるが、その他の果物はほとんど食べなくなってしまった。

 

 

しかしせっかくなので帰宅後、G1クライマックス2日目を視聴しながらビールを飲んだ。

今日は、昨日のメインとは違い、メインのケニー・オメガVS内藤哲也は、とてもよい試合だった。

7月14日 G1クライマックス28、開幕したが…。

14日(土)

G1クライマックス28、開幕。

 

会社は引き続きイベント中。

私の担当の書類が戻ってきたのでチェックしなければならないが、

今回は、あんまり記入されていない。

まあ、期待もしていなかったが。

 

帰宅後、チェック開始。

やっぱりあんまりやる気が出ない。

 

 

夜。

G1クライマックス開幕戦を視聴。

メインのオカダ・カズチカVSジェイ・ホワイトの試合内容がひどすぎる。

解説の獣神サンダー・ライガーさんも、半分怒って、半分あきれてた。

 

私が高松に観に行くのも、この日と同じAブロックだが、

この感じでは、

高松のジェイ・ホワイトVSハングマンペイジは消化試合になりそう。

代わりに、オカダVSエルガンと、鈴木VS EVILに期待しておこう。

2018/07/12

7月11日 80年代歌謡曲を歌う若い客たち

11日(水)

橋本真也さんの命日。

 

私と同様に岡田有希子さんの命日は必ず覚えている新日本プロレスの小島聡選手は、

橋本選手の元付き人であるが、

 

忘れかけていたらしい。

 

 

さて。

通常営業が今日でいったん終わる。

しかし、今日は朝から新たな仕事をぶっこまれた。

が、言われたことのほとんどは聞くことになっているので、15日と18日の出社がほぼ決定。

 

 

今日はいつもの実習室ではなく、別の部屋へ。

13時50分から営業開始だが、13時40分過ぎに行ってみたら、

客たちがわいわいがやがや雑談していた。

その中の数人が、歌っていた。

 

某1:「『♪涙の数だけ強くなれるよ』って何だっけ?」

私:「95年の岡本真夜、TOMORROW…ってなんでそんな古い歌を?」

某2:「♪わたしまーつわ」

私:「82年、あみん」

某1:「いーなーせだねっ」

私:「それはあれだな。最近倖田來未がカバーしてる」

某2「何でしたっけ」

私:「『め組のひと』、ラッツアンドスター」

某2:「私、『異邦人』好きなんですよ、♪こどもたちがーそらにむかいー」

私:「それは79年。で、君たちはいくつなんですか?」

某1:「80年代のうた、好きなんです。」

某2:「わたしがおばさんになぁあってもっ」

某1:「はろーうぇー」(←Wink「淋しい熱帯魚」)

私:「私はそのへんが専門です」

某2:「じゃあ、『スニーカーぶる~す』は?」

私:「基本。」

某2:(某3に向かって)「この子、『天城越え』を知らないっていうんですけど、どう思います?」

私:「いや、しらんやろ。もし知ってたとしても『津軽海峡・冬景色』じゃないか?」

 

この手の話をし始めると、いつまででも話し続けられるのであるが、

13時50分になってしまったので、終了。

 

彼女たちがなぜ80年代歌謡曲を知っているのかと思ったが、おそらくは親の影響。

2018/07/10

7月9日10日 ひたすら書類作成

9日(月)

途中で営業が2つありはしたが、

それ以外はひたすら書類を作り続ける1日。

 

10日(火)

午前休みだが定時出社して、7:30~17:00まで、ほぼOA室に引きこもって、

ひたすら書類を作り続ける1日。

 

ようやく3つともだいたい完成した。明日明後日で最終チェック。

 

 

帰宅後、20時から、AbemaTVでDDTマジ卍を視聴。

SKE48・須田がプロレスの新王者に!DDTアイアンマンヘビーメタル級奪取

全体的におもしろかったし、総選挙2位の須田さんの戴冠も悪くはなかったが、

松井珠理奈さんの復帰も静かに待ちたい。

2018/07/03

7月2日 江戸時代末期のラリアット

2日(月)

営業2つと、夕方から臨時営業。

その他の時間は、

  • 決算ミスへの対応
  • 6日の会議用の資料作成

など。

 

 

帰宅後。

こんなニュースが。

長州力:“革命戦士”が「西郷どん」で初大河 長州藩士・来島又兵衛役 長ぜりふにリキラリアットも!

長州力さんは「来島又兵衛は暴れん坊というイメージがあり、叫ぶせりふが多かったので、できたのかなと思います。ただ、大声を出して練習できる場所がなく、お風呂場で夜な夜な練習をしました。地元・山口の方言を言いますが、難しかったです」とコメント。

さらに「戦いのシーンは、殺陣の人に動きを合わせてもらいましたが、鎧(よろい)がとても重くて、昔の人はこんな重い鎧で戦ったのかと驚きました。演技の中で『ラリアットをしてください』と言われ、そんなことまでして良いのかと驚きましたが、そんなに緊張しなくていいのかと思いました。どのようにドラマを撮影しているのか興味があったので、こうやっ てドラマを作っているのかと、とても勉強になりました」と振り返っている。

 

大河ドラマに出たことがあるプロレスラーというと、

  • 大仁田厚 「秀吉」で蜂須賀小六
  • 高山善廣 「功名が辻」で蜂須賀小六

などをすぐに思い出すが、ついに長州までもが。

 

上記リンク先には画像が載っている。

かなりしっかりしたリキラリアットである。よろい姿なのに。

 

それにしても、80年代の藤波とガンガンやりあってた時代を思うと、まさに隔世の感である。

2018/07/02

7月1日  11年連続のドラゴンゲート 今治大会

1日(日)

前日に今治に出張に行ったばかりのHくんを乗せて、24時間経たないうちにもう一度今治へ。

私が初めてドラゲーを観に行ったのは2008/1/27の松山大会

以来、この11年間、毎年、観に行っている。

 

2018-07-01194212

 

今回も安心して見られるよい興行だった。

公式の試合結果は、ここ

 

しかし、例年に比べて、客入りはよくなかった。

原因は不明。

 

客が少ないので最初のうちは盛り上がりに欠けた。

ヒール軍団のアンチアスのメンバーたちが、

今治を田舎呼ばわりするなど、なんとか客を煽ろうとしたが、今ひとつ。

 

 

しかし、どの試合も、それぞれに興行の中での役割を果たす、よい試合だった。

 

特に、セミファイナルの、

KAGETORA&フラミータ VS 吉野正人&バンディード

では、素晴らしいテクニックの応酬が見られたし、

メインイベントの、

鷹木信悟&神田裕之&吉田隆司 VS 土井成樹&ビッグR清水&Ben-K

は、わかりやすいベビーとヒールの構図。

 

来年も、また行こう。

客入りだけが心配だが。

 

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2018/06/21

「ガンバッテー!ガンバッテェー!」 ビッグバン・ベイダー選手の死去

「機械の中の機械」スーパーストロングマシンが引退して、

新日本の最古参は、獣神サンダー・ライガーになった。

 

 

そして、今日は…

 

ビッグバン・ベイダーさん重度の肺炎で死去 63歳

190センチ170キロの巨体で月面水爆も 死去“皇帝戦士”ベイダーさんが日本マット界に刻んだ歴史

 

うーん。

 

アントニオ猪木に勝って、両国国技館の観衆を暴動に追い込み、

藤波辰爾の腰を壊し、

藤波や長州力や橋本真也に勝ってIWGPヘビー級王座に就き、

高田延彦に勝ってプロレスリングヘビー級王座に就き、

田上明に勝って三冠ヘビー級王座に就いた、

ビッグバン・ベイダー選手が、

亡くなってしまった。

 

 

シングル戦だけではない。

すでにクラッシャー・バンバン・ビガロさんも亡くなっているが、

あの当時、ベイダー&ビガロ組は最強タッグチームの一つだった。

馳&佐々木や武藤&馳では、まして北尾光司では、全く勝てそうな気がしなかった。

2018-06-21194829

 

 

新日本ワールドにはベイダーの試合は25試合登録されている。

いくつか挙げてみると、

  1. 1987年12月27日 両国国技館 藤波辰巳&木村健吾 vs マサ斎藤&長州力アントニオ猪木 vs 長州力アントニオ猪木 vs ビッグバン・ベイダー
  2. 1988年6月26日 名古屋レインボーホール IWGPヘビー級選手権試合 藤波辰巳 vs ビッグバン・ベイダー
  3. 1990年2月10日 東京ドーム 第9試合 IWGPヘビー級選手権試合 ビッグバン・ベイダー vs スタン・ハンセン
  4. 1990年5月24日 東京ベイNKホール マサ斎藤&橋本真也&北尾光司 vs ビッグバン・ベイダー&クラッシャー・バンバン・ビガロ&スティーブ・ウィリアムス
  5. 1990年9月30日 横浜アリーナ アントニオ猪木30周年メモリアル・フェスティバル アントニオ猪木&タイガー・ジェット・シン vs ビッグバン・ベイダー&アニマル浜口
  6. 1992年5月1日 千葉ポートアリーナ クラッシャー・バンバン・ビガロ ビッグバン・ベイダー vs 武藤敬司 馳浩
  7. 1992年6月26日 日本武道館 IWGPタッグ選手権試合 ビッグバン・ベイダー&クラッシャー・バンバン・ビガロ vs スタイナー・ブラザーズ
  8. 1996年1月4日 東京ドーム 第7試合 日刊スポーツ新聞社創立50周年記念特別試合 INOKI FINAL COUNT DOWN 5th アントニオ猪木 vs ビッグバン・ベイダー

 

赤字は、プロレス史を振り返る上で、特に重要な試合(興行)。

自身のベストバウトに1990年2月10日のスタン・ハンセンとのIWGP戦を挙げている。
(ウィキペディアより)

 

 

彼は間違いなく、平成初期の最強外国人レスラーの一人であった。

合掌。

2018/06/19

オマエは○○○だろう! ―そしてG1クライマックスのカード発表

今日の後楽園ホール大会の途中で、発表された。

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私が行く高松大会の公式戦対戦カード。

 

高松大会が地味めな組み合わせだというのは、

今年も例年通りだが、

 

ことG1クライマックスに関しては、

あんまり期待してなかった試合が思いがけず好勝負になることは結構ある。

 

 

 

 

さて、このあとは引き続き、

80年代半ばから90年代にかけて活躍した、

スーパーストロングマシン

の引退記念試合とセレモニーを、しっかり視ることにしよう。

 

 

2018-06-19202038

左から、

  • スーパーストロングマシン・エース
  • スーパーストロングマシン・バッファロー
  • スーパーストロングマシン・ジャスティス
  • スーパーストロングマシン
  • 将軍KYワカマツ
  • スーパーストロングマシン・ドン
  • スーパーストロングマシン・No69

 

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マシン軍団は1984年ころなので、およそ35年前の話。

 

当時の新日本と今の新日本では、ずいぶん変わってしまったが、

でも、新日本は不滅。

2018/06/16

ケニーさんと珠理奈さん

9日の新日本プロレス大阪城ホールの、メインイベントの試合終了後のリング上.。

 

オカダ・カズチカとの時間無制限三本勝負というものすごい激闘を制したケニー・オメガは、

日本語が達者。

 

「この10年、いろいろなことが達成してきた。もちろん、最後は、最後の目標は、このIWGPヘビー級チャンピオンです。

(場内、拍手)

もし、このベルト獲ったら、もう日本に離れるかもしれないと思ってました。

(場内、ざわめく)

「ですけれども、今日の大会中で、さっきの試合中で、プロレスの未来を見てました。」

(場内、拍手)

「プロレスはほんとに進化したのを感じ、だから、だからさぁ、新日本のリーダーで、新日本のチャンピオンで、次のステップ、前を進みたいと思ってます。」

(場内、大歓声)

 

 

 

16日の第10回AKB総選挙ナゴヤドームの、1位発表後のステージ上。

 

1位を獲得したのは、松井珠理奈

 

「だから、大切なファンの方をがっかりさせるようなことは言いたくないけど…、

私は総選挙1位がゴールだと思ってやってきました。

今1位になりました。

だからぁ、、卒業、しません

(場内、大歓声)

「やっと気づきました。48グループにまだ必要と思ってもらえてるんだなって。」

(場内、拍手)

(泣き顔で)「うれしい…本当にうれしい。…泣かない。チャンピオンが泣いてちゃいけない。」

 

 

松井さんはワールドで大阪城ホールの試合を視たと言っていた。

それを意識したのかどうかはわからないが、この部分の話の展開は、ケニーとほぼ同じ。

 

 

ともあれ、私は投票してないが、一プロレスファンとしては松井珠理奈さんの1位は、めでたい。

今後も可能な範囲でプロレスを観続けていただきたいものである。

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